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【連載「山河令」の台詞を読み解く】特別編 エンディング曲「天涯客」の歌詞解説

この連載では、「山河令」の台詞に引用されている漢詩や故事と、そこに隠された意味を紹介します。

連載「山河令」の台詞を読み解く
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特別編 エンディング曲「天涯客」の歌詞解説

   
特別編では主演のチャン・ジャーハン(張哲瀚)、ゴン・ジュン(龔俊)がデュエットする原作と同じ「天涯客」というタイトルのエンディング曲の歌詞について解説します。

この歌詞は一節ごとに漢詩や故事が引用されていて、ここではその一部について説明しながら、チャン・ジャーハンとゴン・ジュンがそれぞれのキャラクターの想いを歌っている歌詞の全容に迫ってみたいと思います。(歌詞の翻訳は字数制限がある日本語字幕ではなく筆者による意訳を掲載します。意訳・解説はあくまで一つの解釈です)

「天涯客」は「故郷を遠く離れた人」という意味で、古代の漢詩によく登場する言葉です。例えば、宋代の詩人・朱敦儒は「憶秦娥・西江碧」で自分を「天涯客」と表現し、「故人難得(古き友は得難し)」と詠っています。

(チャン・ジャーハン)
天苍苍事了功成 渡寒江
青空の下 やるべき事をなして冷たい河を渡る

夜茫茫杯中月影 笑荒唐
暗い夜 酒杯に映る月影を見て自分の愚かさを笑う

谁许我策马江湖 闯四方
誰が私と共に馬を走らせ 江湖をめぐってくれるというのか

谁醉遍天涯 梦醒不见故乡
誰が故郷を遠く離れ酒に酔うのか 夢にまで見た故郷には戻れない

この歌い出しの部分は四季山荘の81人の弟子を失った後悔を抱えた周子絮が天窗を抜け、雪が降る中、旅立っていく第1話の情景と重なります。

谁醉遍天涯は故郷を遠く離れ病に冒されながらも生きながらえた主人公が、後悔を抱えながら酒に酔う姿を詠んだ南宋の詩人・陸遊の詩「絶句」を踏まえているのでしょう。酒びたりでさすらいの旅を続ける周子絮は、故郷である四季山荘を想いながらも帰れずにいるのです。

山河令1話
「山河令」第1話より
©Youku Information Technology (Beijing) Co., Ltd.

(ゴン・ジュン)
西陵下凄秋凉雨吻我窗
西陵の冷たい秋雨が 口づけのように部屋の窓に跡を残す

任人憎任人谤 未妨惆怅是清狂
どんなに憎まれ非難されても この狂おしいほどの想いは捨てられない

春风吹得绿江南水岸 吹不暖人心霜
春風が吹いて江南の岸辺が緑になっても 霜が下りたように冷たい私の心は温まらない

猝不及防 那是不是我们的光
そこに不意に差し込んできたのは 私たちの光だろうか

西陵とは唐代の詩人・李賀の「蘇小小墓」に描かれた早逝した歌妓・蘇小小のお墓がある場所です。この一節は蘇小小の霊が迷い出る寒々とした情景を想起させ、両親を殺され地獄のような鬼谷で育った温客行の過去を表しているように思えます。

また、猝不及防は不意にやってきて防ぐことができないことを表す成語ですが、その出典は清代の作家・紀昀の怪奇小説「閲微草堂筆記·姑妄聴之一」の「ロウソクも持たず、声も出さずに、不意に訪れる、突然の出会い」という一節です。つまり、周子絮と温客行はそれぞれ人生の闇の中をさまよっていて、その中で温客行が思いがけず周子絮と出会い、彼にとって周子絮は「光」のような存在となったのでしょう。

また、ここであえて「私たちの光」と言っているのはこれまで闇にいた温客行がようやく光の当たる場所に出てきたことをイメージさせるだけでなく、第12話で周子絮と一緒にひなたぼっこしながら名前を呼びあうシーンを呼び起こしてくれます。

山河令12話
「山河令」第12話より
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(ゴン・ジュン)
相见恨晚幸未晚 不再辜负四季花
出会うのが遅かったと思っていたがまだ遅くはなかった もう四季の花に背くことはしない

将古道西风瘦马 换小桥流水人家
秋風が吹く旧道を痩せた馬が行くわびしい風景は 小さな橋の下にせせらぎが流れる家の風景へと変わった

温客行は第14話では相见恨晚=周子絮と出会うのが遅かった(【連載「山河令」の台詞を読み解く】第3回 風雨 参照)と嘆いていましたが、その後、彼の師弟として四季山荘に戻ります。歌詞にある四季花とはもちろん、「花は常にあり」と謳われる四季山荘を指しているのでしょう。

また、将古道西风瘦马 换小桥流水人家は元代の馬致遠による散曲「天浄沙·秋思」からの引用です。「天浄沙·秋思」は主人公が故郷を離れて旅に出ていく時に見る風景を描写し、「小桥流水人家 古道西风瘦马」と家の風景がわびしい旧道の風景となる様を歌っていますが、この歌詞ではその順番を逆転させて、旅の景色が懐かしい故郷の情景へと変わっていく様を表現していて、ようやく温かい故郷に戻ってこられた温客行の気持ちを示しているように思えます。

(チャン・ジャーハン  ※歌詞の2行目は2番ではチャン・ジャーハン&ゴン・ジュン)
万里河山万家灯 往事如烟浪淘沙
万里の山河や家々に灯る光をごらん 過去は煙の如く波が砂を押し流すが如く過ぎ去るのだから

将平生霜雪 与君煮酒烹茶
この人生の苦難を忘れて 君と酒を温め茶を淹れて過ごそう

ここは温客行を連れて四季山荘に戻った周子絮が、過去にとらわれた彼の気持ちを慰め、安らかな時間を共に過ごそうと優しい言葉をかけているようで、第25話で2人が向かい合ってお酒を飲むシーンを想起させます。

また、万里河山万家灯 往事如烟浪淘沙のくだりは唐代の詩人・劉禹錫の「浪淘沙」第一首を連想させます。万里を流れる黄河が“牛郎と織女”(日本で言う“彦星と織姫”)のいる天の河まで流れていくイメージを描いた「浪淘沙」のロマンティックな情景と重なり、離れ離れになった恋人が再会を喜ぶ気持ちをも表現しているようです。

山河令25話
「山河令」第25話より
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(ゴン・ジュン)
芳草长烟波流云映斜阳
芳しい草が伸び水面に靄が立ち込め 流れる雲が斜陽に照らされている

问何处仙乡 蝴蝶为骨玉为梁
故郷はどこかと問われれば答えるだろう 蝴蝶を骨となし玉を梁となすと

中国語で「蝴蝶骨」とは肩甲骨のこと。第6話で幻覚を見た温客行は周子絮を母親と思い込んで「母上の肩甲骨は最高だ」と言います。また、温客行の父親の名前は「如玉」です。つまり、温客行にとっての故郷は亡き両親でしたが、母親のような肩甲骨を持ち玉の如く美しい周子絮と出会ってからは、周子絮こそが彼の故郷となったと言えるのかもしれません。

(チャン・ジャーハン)
你一肩担不尽万古愁 不如分我几两
君一人の肩に万古の愁いは背負いきれないだろう 私にも少し分けてくれ

陪君醉 三万场 从此不言离殇
共に三万回でも天下の美酒に酔おう これからはもう決して離れ離れになることはない

万古愁の出典は李白の詩「将進酒」(【連載「山河令」の台詞を読み解く】第5回 将進酒 参照)で、酒を酌み交わし過去からこれまでの愁いを忘れようという一節が有名です。

また、陪君醉 三万场 从此不言离殇は、別離の悲しみなど考えずにずっと一緒に酒を飲んで笑っていようと詠む北宋の政治家・蘇軾の詩「南郷子」を踏まえています。いずれも、過去も未来も共有できる知己との固い絆を感じさせる詩です。

(ゴン・ジュン)
无边落木萧萧下 不尽长江滚滚来
果てしなく続く樹木からはらはらと葉が落ちて 長江の水は限りなく逆巻いている

风刀霜剑皆不惧只要
どんな厳しく辛いことも恐れることはない ただ

(チャン・ジャーハン&ゴン・ジュン)
你我还在
君と私が共にいれば

无边落木萧萧下 不尽长江滚滚来は杜甫の有名な詩「登高」からの引用です。中国では古来より旧暦9月9日の重陽節には高台に登って菊酒を飲んで厄払いをするという習慣があり、「登高」は故郷を離れたまま老いてしまった主人公が一人寂しく高台に登る様子を描いた詩です。

また、風が刀のようで霜が剣のようという意味の风刀霜剑の出典は中国四大名著の一つである曹雪芹の小説「紅楼夢」で、比喩的な意味では人間関係も含めた厳しく辛い環境を指します。

そんな孤独で苦しい状況を描写しながら「恐れることはない ただ 君と私が共にいれば」と歌う歌詞は、第32話で周子絮が白鹿崖に追い詰められた温客行を助けに駆けつけ、生死を共にしようとしたシーンがよみがえるところです。

山河令32話
「山河令」第32話より
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(チャン・ジャーハン)
得即高歌失即休 无拘无束亦无碍
高らかに歌ってもいいし歌えなくても構わない 何にもとらわれずじゃまするものも何もない

但得一知己 慰尽风尘无奈
君という知己を得れば これまでの辛さもやるせない気持ちも慰められる

得即高歌失即休は唐代の詩人・羅隠の「自遣」からの引用です。これは腐敗した社会に失望した羅隠の怒りの気持ちを詠んだものと言われ、悪がはびこる江湖に立ち向かう周子絮の気概を示しているようです。

また、慰尽风尘无奈は同じく唐代の詩人である韋應物の「簡盧陟」を踏まえています。「簡盧陟」では知己に出会えなかったと嘆く主人公を慰めるのは「酒」だと結ばれていますが、この歌詞では周子絮を慰めるのは知己である温客行だと歌っているのです。

(チャン・ジャーハン&ゴン・ジュン)
山高水远 你在我也在 
たとえこの先の道のりは遥か遠くても 君がいて僕がいる

最後の歌詞は、かけがえのない知己を得た周子絮と温客行の旅が続いていくような余韻を残します。山が高くそびえ河が遠くまで流れる様子を表す山高水远という成語は、似たような成語に劉禹錫の散文「望賦」に出てくる「山高水长」があり、これには人の高潔さが末長く語り継がれるという意味があります。


それこそまさに「この物語は永遠にいつまでも詩人たちに語り継がれる」という言葉で結ばれた「摸魚兒·雁丘詞」(【連載「山河令」の台詞を読み解く】第10回 千山暮雪 参照)と共通するメッセージではないかと思うと、心を打たれずにはいられません。

\「山河令」特集はこちら/

TEXT: 小酒真由子(フリーライター)
アジアから欧米までドラマについて執筆しています。双葉社『韓国TVドラマガイド』にて「熱烈推薦!! 中華ドラマはこうハマる!」を、Cinem@rtにて「アジドラ処方箋」を連載中。また、執筆させていただいたキネマ旬報ムック『最新!中国時代劇ドラマガイド 2021』が絶賛発売中です。

Edited:小俣悦子(フリーランス編集・ライター)

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