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【中国時代劇トリビア #8】「独孤伽羅」に登場する強く美しき独孤三姉妹。史実ではどうだった?

乱世の中、欲望と策略に巻き込まれながらも誇り高く生きた女性、独孤伽羅を描いたドラマ「独孤伽羅~皇后の願い~」に登場する美しき独孤三姉妹について、今回はご紹介していきます!

「独孤伽羅~皇后の願い~」に登場するのは、北周に忠義を尽くす独孤信の娘、般若・曼陀・伽羅の3人。

独孤パパこと独孤信は、超イケメン!だったそうなので、ドラマに登場する3人のように、おそらく実在した3姉妹もきっと美人(のはず!)。3姉妹とは言いますが、般若が長女、曼陀が4女、伽羅は7女と、少し歳の離れた姉妹だったようです。

伽羅を演じるフー・ビンチンちゃんがステキな女性なので、てっきり大人のお嬢様かとおもいきや、実際に伽羅が楊堅に嫁いだ歳は若干14歳(現代だと中学2年生の女子!)。劇中、見た目年齢とはちょっぴりギャップを感じるほど、みんなに子ども扱いされちゃうのも納得!のお年頃です。


ちなみに、独狐家にはこの3姉妹の他に8人の男兄弟がいます。常に兄姉(けいし)、弟妹(ていまい)たちが共に暮らす生活ではないにせよ、母が亡くなってから、長女の般若が母親代りとなってこの独狐一家を取り仕きったわけですから、あれだけ肝の据わった"般若姐さん"になるわけです。


般若は御家のために宇文毓に嫁ぎ、宇文毓は第2代目の皇帝・明帝として即位します。般若は558年に王后となりますが、その年に死去、559年に皇后に追尊されます。そしてその後明帝も、宇文護(出た!!)に殺されてしまいます。

曼陀の夫の李昞は、北周に仕えて安州総管となり、柱国大将軍となります。564年に爵位を継ぎ、その位のまま生涯を閉じますが、後に息子の李淵が唐の初代皇帝となって亡き父李昞に帝号を贈り、母を皇后としたため、曼陀は元貞皇后となりました。史実では般若と曼陀の二人は、生きている間には皇后の称号を得ることができませんでした。

独孤家で唯一、存命中に皇后となったのが、独孤伽羅です。581年、楊堅が隋を立て帝位につくと、伽羅は文献皇后となり、夫の傍らで政治を助けたので"二聖"と呼ばれました。

文献皇后にまつわる逸話はいろいろありますが、やはり一番すごい!と思わせるのは、隋の時代にして一夫一妻を貫いたところでしょうか。楊堅が側室を持つことも、そして自分以外の女性に子どもを産ませることも禁じ、家臣にも同様の厳格さを求めました。

しっかり者の伽羅が亡きあと、楊堅は自由になってしまいます!!後宮に出入りし、寵愛する女性たちとの甘い日々を満喫する楊堅。しかしそんな生活が良くなかったのか、楊堅は病となり、伽羅の死後2年遅れてこの世を去ります。そのあとを継いだのは、伽羅と楊堅の息子であり、悪名高き煬帝...。618年、煬帝は反乱によって殺され隋は滅亡します。

伽羅亡きあとのあっけない幕切れをみると、"恐妻"とか"鬼嫁!"とか言われても、家にはしっかり者の頼れる母ちゃんがいないとダメなのかも!?

Text:島田亜希子
ライター。中華圏を中心としたドラマ・映画に関して執筆する他、中文翻訳も時々担当。『台湾エンタメパラダイス』『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)にて執筆記事掲載中。

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