Cinem@rt エスピーオーが運営するアジアカルチャーメディア

【インタビュー】『親愛なる君へ』チェン・ヨウジエ監督 後編 "映画は信じ合わないと成り立たない"

台湾アカデミー賞3部門受賞作品! 血の繋がりを越えた“家族”の絆をつむぐ物語『親愛なる君へ(原題:親愛的房客)』が現在、シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開中! 本作の監督と脚本を務めたチェン・ヨウジエ(鄭有傑)監督にお話を訊きました。  

\特集「今年の夏は、台湾映画!」はこちら/
       


映画は「信じる芸術」 

― チェン・ヨウジエ監督の演出についてお話をお伺いしたいのですが、監督は俳優としての経験もあおりなので、俳優の気持がより分かる監督だと思います。ご自身が監督をやる時に、俳優の演出で意識されることはありますか?

チェン・ヨウジエ監督(以下、チェン監督) 最初に彼が見ているビジョンと僕が見ているビジョンが同じ方向かを向いているかは確認します。俳優がもし同じ方向を見て明確なビジョンを持っていたら、僕はもう口出ししません。

また、僕は相性をものすごく大切にしています。監督と俳優の相性だけでなく、俳優同士の相性もです。例えばモー・ズーイー(莫子儀)とチェン・シューファン(陳淑芳)が一緒に演じると彼らの世界が出来上がります。僕はその世界を記録しているという感じです。

映画の中の世界を監督が作るやり方もあると思います。ただ、僕は俳優たちが演じやすいように舞台を作ってあげる、彼らが盛り上がりやすい空気を作ってあげる、そして俳優たちが作り出した世界を記録する。そういうことを大切にしています。


チェン・ヨウジエ(鄭有傑)監督


― “
演じやすい舞台”をつくる秘訣はなんでしょうか?

チェン監督 「信じないといけない」ことでしょうか。まだ形になっていないものを、信じないといけないから。

映画は本来、存在しないものを皆で作り上げていく作業なんです。でもそれで何が生まれるかは、本当は誰も知らない。監督はビジョンを持っていたりしますが、そこにたどり着けるよう、こういう世界が存在している、こういう世界を表現できる、というのを信じないといけない。

作り手だけじゃなく観客だって「この映画はフィクションだ」と知りながら描かれた世界を信じて観るじゃないですか。だから映画という芸術は「信じる芸術」なんです。信じないと成り立たない、映画っていう芸術は。


ありのままの台湾の生活、ありのままの多様性  

― チェン・ヨウジエ監督にとって、『親愛なる君へ』で思い入れのあるシーンはどこですか?

チェン監督 全てです(笑)。逆に、思い入れはないけど、僕が好きなシーンでもいいですか? 

― ぜひ教えてください!

チェン監督 あっても無くてもいいようなシーンなんですが、(モー・ズーイー演じる)リン・ジエンイーが子供と一緒にごみ捨てに行く姿を屋上から撮ったシーンです。このシーンが一番生活を感じさせるシーンだと思うんです。僕自身も、息子とよく一緒にごみ捨てに行ったりするし。台湾人にとっては、一緒にごみ捨てに行くのは、台湾らしい生活の風景なんです。

本作のカメラマンは香港の方なんですが、彼も「台湾のごみ捨ての風景がとても面白い」と言っていて。2人で話し合って映画に取り入れようと決めたんです。ほんとにどうでもいいようなシーンなんですけどね(笑)。

― そういう日常のシーンがあるからこそ、彼らが家族として繋がっている感じが伝わってくるのかもしれません。

チェン監督 一緒にごみ捨てに行くって、家族の始まりだと思うんです。それってロマンチックじゃないですか?(笑)


― 日本人からみた素朴な疑問なのですが、チェン・シューファンさん演じるパートナーの母とウー・ポンフォン(吳朋奉)さん演じる警察官は台湾語を話し、そのほかの人達が華語を話しています。それも台湾でそれはよくある風景なのでしょうか? それとも、あえて追加した設定なのでしょうか?

チェン監督 よくある風景です。あえて自然にしたいからこそ、そうしました。台湾語か華語に統一するという話も出ましたが、2つの言葉が日常の中にあることが、台湾では普通のことです。この人とは華語で話して、この人とは台湾語で話して。それが台湾ですから。「多様性」ということは、言葉だけじゃなくいろんな意味で、大切だと思うんです。わざとじゃない、ありのままの多様性。それがこの世界なので。

― ありのままの多様性が描かれているからこそ、先ほど監督がおっしゃった「信じられる」作品につながっていくのかもしれませんね。

チェン監督 そうかもしれませんね。


この世の中にお前の脚本を書けるのは、俺しかいない 

― 今回、監修に『GF*BF』のヤン・ヤーチェ(楊雅喆)監督のお名前がありましたが、ヤン・ヤーチェ監督とはどんなやりとりをされていたのですか?

チェン監督 ヤン・ヤーチェ監督は、文句を付けるのが仕事(笑)。僕にはこういう人が必要だったんです。映画をつくるとき、スタッフが「ん?」と思ってもなかなか監督には言いません。でも、僕はいままでの作品よりもうひとつ上に行きたかった。だから文句をつけてくれる人がいたらと思って、彼にお願いしました。彼も喜んでたくさん文句をつけてくれましたよ(笑)。


― そうだったんですね(笑)。

チェン監督 彼はたまにアドバイスもしてくれるんです。リン・ジエンイーが屋上の部屋に住んでいる間借り人という設定は、彼のアドバイスなんです。


― その設定によって、同じ家なのに少し遠い、あの不思議な距離感が生まれますよね。

チェン監督 あの不思議な距離感が彼のアドバイスによるもの。でも彼自身監督なので、僕に対してあれこれ指示を出すんじゃなくて、問題や文句をぶつけてきて「あとは自分で考えなさい、悩みなさい」って。


― ヤン・ヤーチェ監督は脚本の段階から“文句をつけてくれた”んですか?


チェン監督 そうです。文句をつけてもらいながら脚本を1年半か2年ぐらいかけて、何度も書き直しました。”書き直し”と言っても、すべてを壊してゼロから書き始める、ということです。それを2回繰り返しました。なので『親愛なる君へ』は全部で3つのバージョンがあります。最初のバージョンには子供が出てきません。2つ目まではリン・ジエンイーは日本と台湾のハーフでしたが、その設定だと話が複雑になってくるのでやめました。

最後のバージョンの手前で僕は一時期、「脚本家を雇いたい」と伝えたんです。「これ以上は僕一人で書けない、もう限界だ」って。そしたら彼は「この世の中にお前の脚本を書けるのは1人しかいない。それは俺だ。でも俺は絶対にお前の為に脚本を書かない。自分で問題を解決しろ」って。鬼のようなプロデューサーでした(笑)。


― あはは! 厳しいですが、チェン・ヨウジエ監督への信頼と愛情にあふれていますね。

チェン監督 まさに子供を谷に突き落とすライオンのようでした(笑)。それで僕は谷に突き落とされて、ものすごく悩んで。悩んだ挙句、僕は電車に乗って基隆(※2)に行きました。僕は脚本に行き詰まると、電車に乗って脚本を書く癖があるんです。そして基隆に行ってひらめいたんです。この映画は基隆でやるべきだ!って。

※2 基隆(キールン) 台湾北部の市で、港町。『親愛なる君へ』の舞台。


― それがもう物語になりそうですね!


チェン監督 でも、そこまで行き詰ってたら、どこに行っても何かしら書きそう(笑)。たまたまたどり着いたのが基隆だったけど、もしかしたら高雄だったかもしれないし(笑)。

― もしかしたら高雄の物語になっていたかもしれませんね(笑)。ヤン・ヤーチェ監督のしごきを乗り越えこの素晴らしい作品が生まれたと思うと、いち観客として本当に感謝しています。
最後に、監督が映画をつくるときに一番大切にされていることを教えてください。

チェン監督 やっぱり”人の想い”です。僕は映画には、俳優の想いや監督の想い、色んな人の想いが入っていると思います。脚本も執筆した僕だけではなく、この社会にいるいろんな人の想いをかき集めて作ったものです。その想いを、映画を通じて観客に届けられたらと思っています。

前編:きっかけは、愛する権利を守る人々 はこちら

インタビュー後記
今回の取材には多くのメディアが参加し、すべて日本語でおこなわれたインタビューは長時間にわたりました。(監督は日本語が堪能) 順番が最後だった私たちは「かなりお疲れなのでは…」と思っていましたが、監督は終始穏やかに、時々ユーモアを交えながら真摯に様々なお話を聞かせてくれました。「この人だから、この美しく優しい映画が出来上がったんだな」と納得させられるような、本当にステキな方でした。(編集部A)



『親愛なる君へ』
7月23日(金・祝) シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開

君が生きていてくれたら… 僕はただ、大好きな君を守りたかった ──

老婦・シウユーの介護と、その孫のヨウユーの面倒をひとりで見る青年・ジエンイー。血のつながりもなく、ただの間借り人のはずのジエンイーがそこまで尽くすのは、ふたりが今は亡き同性パートナーの家族だからだ。彼が暮らした家で生活し、彼が愛した家族を愛することが、ジエンイーにとって彼を想い続け、自分の人生の中で彼が生き続ける唯一の方法であり、彼への何よりの弔いになると感じていたからだ。しかしある日、シウユーが急死してしまう。病気の療養中だったとはいえ、その死因を巡り、ジエンイーは周囲から不審の目で見られるようになる。警察の捜査によって不利な証拠が次々に見つかり、終いには裁判にかけられてしまう。だが弁解は一切せずに、なすがままに罪を受け入れようとするジエンイー。それはすべて、愛する“家族”を守りたい一心で選択したことだった…

監督/脚本:チェン・ヨウジエ
監修:ヤン・ヤーチェ(楊雅喆)
出演:モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ(姚淳耀)、チェン・シューファン、バイ・ルンイン(白潤音)

2020年/台湾/カラー/106分/シネマスコープ/5.1ch
原題:親愛的房客
配給:エスピーオー、フィルモット
© 2020 FiLMOSA Production All rights
公式Twitter:@filmott



記事の更新情報を
Twitter、Facebookでお届け!

TOP