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9/13(土)映画『夫殺し デジタル・リマスター版』≪ トークイベント レポート ≫

【台湾映画上映会2025『夫殺しデジタル・リマスター版』上映会&トークイベント詳細

日 時:2025年9月13日(土)※上映後にトークイベントあり
開 場: 14時30分 / 開 演: 15時00分(上映時間102分)
場 所:シネ・ヌーヴォ(大阪府大阪市西区九条1-20-24)
登壇者:津守陽(京都大学大学院人間・環境学研究科准教授)
聞き手:リム・カーワイ(『台湾映画上映会2025』キュレーター・映画監督)


【レポート】
台北駐日経済文化代表処台湾文化センターと、映画ファンだけではなく国内外問わず多くの映画人たちにも愛されている大阪を代表するミニシアター大阪シネ・ヌーヴォ、大阪を代表する国際映画祭である大阪アジアン映画祭との連携企画として、映画『夫殺し デジタル・リマスター版』上映会が9月13日(土)に大阪シネ・ヌーヴォにて開催された。上映後に、京都大学大学院人間・環境学研究科の津守陽准教授が登壇し、トークイベントが開催された。
アーシー(阿市)の母は食べ物と引き換えに体を売り、幼い彼女の目の前で自害した。成長したアーシーは叔父に従い、食肉処理業に従事する男のもとに嫁ぐ。しかし結婚生活に愛はなく、夫の欲望を満たすための道具として扱われ、夫の支配下で尊厳も奪われていく。残酷な結婚生活、村の噂話、そして幼少期のトラウマが彼女を精神的に追い詰められていく…。
原作は、リー・アン(李昂)が1945年に上海で起きた事件を元に、1983年に発表した同名小説だ。台湾社会における両性の役割と女性の体の自己決定権における抑圧を探り、前衛的な内容から広い議論を巻き起こした。日本では「夫殺し」(翻訳:藤井省三)のタイトルで翻訳出版され、世界15カ国で翻訳された。原作は出版当初から大きな注目を集め、映画化に際しても豪華なスタッフ陣が集結し、ソン・ジュアンシャンが監督を務め、台湾ニューシネマの旗手ウー・ニェンチェン(呉念真)が脚本を手がけた。デジタル・リマスター版として41年ぶりにスクリーンに蘇った。

大島渚監督に映画化してほしかった─
台湾フェミニズム文学の金字塔「夫殺し」、映画と原作のはざまから見えるもの

本上映会初のミニシアターでの開催となった大阪シネ・ヌーヴォは、台湾映画ファン、ミニシアターファンが押しかけ満席となった。「夫を殺すというスキャンダラスな小説で、当時も話題になっていたので、ずっと興味を持っていた」というリムは、「今回デジタル・リマスター版を観たら、そんなにショッキングな内容でなかった」と感じたという。高校生でデビューした早熟なリー・アンは、女性のセックスや社会から受けた暴力について描いてきたが、「夫殺し」はより大胆に、そしてタブーに挑む作風が確立される出発点となった作品だ。文学研究者の津守さんは卒業論文でリー・アン原作の小説「夫殺し」を取り上げたことにも触れ、「原作の「夫殺し」はリー・アンの代表作で、日本はじめ世界中で翻訳されています。新聞で掲載され大きな文学賞を受賞しましたが、その選考過程でも性的なシーンはあるが社会的な悪も描かれており、人間の暗部を描いた迫力が素晴らしいという評価があった一方で、スキャンダラスな内容の作品が社会に与える悪影響を懸念する意見」があったことにも触れ、台湾フェミニズム文学の金字塔といわれる原作小説について説明した。

映画が小説に比べてかなりマイルドな表現になっていることについて、リムは「80年代の台湾における検閲等を考えると、小説で描けても映像では表現が難しい状況もあったのかもしれない」とした上で津守さんに映画の感想を問うと、「せっかく映画のトークショーなのに、物足りないというコメントをするのはどうかと思って…」と津守さんが困った表情を浮かべた。「タイトル通り、最後に夫を殺すシーンについても、映画ではナイフを振り上げてグサッと、ひとを刺したんだなという表現」になっているが、小説では月の光に誘われてナイフを手にした主人公が、夫に無理やり見せられた豚の解体作業を思い出して「夫ではなく豚を殺さないといけないと思って夫に見せられたとおり、まず喉にナイフを突き刺して、内臓をひとつひとつ確かめながら取り出して殺していく、非常にグロテスクなラストシーン」になっているという。その点について「原作者のリー・アンもどう描かれるのかを楽しみにしていたようで、インタビューで「これなら大島渚監督に映画化してほしかった」と話しているのを読んで、ああ、よかっ、私と同じ気持ちなんだな、と。感情的な描写も含めて映画では描けていない部分があって、「大島渚監督が撮ってくれたという意見には頷いてしまいました」と津守さんが話すと、会場に静かな笑いが起きた。
たしかに大島渚監督が撮ったら、もっとすごい映画になったかもしれない」とリムが頷きつつ、「主人公を演じたパット・ハーは香港ニューウェーブのミューズで、当時主演したショウ・ブラザースのB級映画も同時公開されて、大きな話題になっていた。パット・ハーは演技力もあって、ミステリアスでエレガントな存在でしたが、『夫殺し』ではそれまでのイメージとはちがう素朴であどけない表情が引き出されていた」のは、「『坊やの人形』第二話「シャオチの帽子」を手掛けたソン・ジュアンシャン監督の手腕によるものが大きい」とリムが言及した。

 会場から「上海で起きたセンセーショナルな事件を、リー・アンが台湾に置き換えて書いたと伺いましたが、中国でも映画化されていたりするんでしょうか」と問われると、「ピーター・チャン監督がチャン・ツィー主演で『醤園弄・懸案(She's Got No Name)』というタイトルで映画化して、今年の上海国際映画祭で上映されたんです」と津守さんが話すと、「予告編はクライムサスペンスという感じで、日本での公開が楽しみですね」とリムが応じ、いまなお『夫殺し』の原点になった事件が注目されていることに驚きの声があがった。
 最後に台湾映画の魅力を問われると、映画だけに限らず台湾の芸術が「ひろい意味でポリティクスである」点をあげ、どういうトピックであっても「果敢に鋭く切り込む勇気が台湾にはあって、やはり私にとってはとても魅力的」と津守さんが語り、会場が大きな拍手に包まれた。

 

≪上映作品概要≫※日本初上映


©Tomson Films Co., Ltd. / Taiwan Film and Audiovisual Institute

『夫殺し デジタル・リマスター版』
1984年/102分/台湾  原題:殺夫 數位修復版/英題:The Woman of Wrath (Restored)
監督:ソン・ジュアンシャン(曾壯祥)
出演:パイ・イン(白鷹)、パット・ハー(夏文汐)、チェン・シューファン(陳淑芳)
字幕:新田理恵
©Tomson Films Co., Ltd. / Taiwan Film and Audiovisual Institute
◆ロッテルダム国際映画祭1995
◆ウディネ・ファーイースト映画祭2024
深夜に母親が食べ物と引き換えに体を売る姿を目撃した少女。成長し、残酷な結婚生活の中で、彼女の精神は追い詰められていき…。
世界15カ国で翻訳された現代台湾フェミニズム文学の最高傑作として知られる、リー・アン(李昂)の小説「殺夫」(1983年)の映画化。リー・アンの初期作品に見られる台湾の郷土への関心を受け継ぎつつ、性、飢え、権力関係に対する鋭い洞察が描き出されている。
ソン・ジュアンシャンが監督を務め、脚本はウー・ニェンチェン(呉念真)が担当した。デジタル・リマスター版として41年ぶりにスクリーンに蘇った。


【登壇者紹介】
津守陽/京都大学大学院人間・環境学研究科准教授
1976年大阪府生。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了後、神戸市外国語大学中国学科准教授を経て、現在京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。専門は近現代中国語圏文学。主要論文に「『殺夫』論」(『中国文学報』、第59冊、1999年)、「強がる「彼⼥」の語りの陰に——沈従⽂の性暴⼒表象を読む」(『野草』108号、2022年)、共訳書に『中国現代文学傑作セレクション——1910−1940年代のモダン・通俗・戦争』(勉誠出版、2018年)、『華語文学の新しい風』(白水社、2022年)がある。

 

≪上映会概要≫

名称:台湾文化センター 台湾映画上映会2025
期間:2025年5月~10月(全8回)
会場:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター/日本大学文理学部オーバル・ホール/慶應義塾大学三田キャンパス西校舎ホール/早稲田大学小野記念講堂/東京大学駒場キャンパス KOMCEE East K011/大阪大学豊中キャンパス大阪大学会館講堂/シネ・ヌーヴォ
※大阪大学、シネ・ヌーヴォでの開催は第21回大阪アジアン映画祭連携企画
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主催:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター/Cinema Drifters/大福
共催:日本大学文理学部中国語中国文化学科/慶應義塾大学東アジア研究所/早稲田大学政治経済学術院・中国現代文化研究所/東京大学持続的平和研究センター/大阪大学大学院人文学研究科/シネ・ヌーヴォ
協力:大阪アジアン映画祭
宣伝デザイン:100KG
≪台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター≫公式サイト:https://jp.taiwan.culture.tw
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≪参加無料、事前申し込み制≫ ※各回の申し込みは、Peatixにて先着順にて受付。
≪Peatix≫ https://taiwanculture.peatix.com/
※Peatixにて、各回10日前の昼12:00より先着順にて受付。
※本上映会について会場となっている大学、シネ・ヌーヴォへのお問合せはお控えください。
※ゲスト・イベント内容は予告なく変更となる場合がございます。ご了承ください。

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