【鑑賞コラム】VBLシリーズ「Fight for You」、対立関係から始まる純愛ハードボイルド?

中華圏BLの人物背景や設定はバラエティに富んでいる。台湾のVBLシリーズもその傾向が顕著で、霊感青年とその霊感力を無効化する転学生とのキャンパス・オカルトラブから、人間そっくりなAIとの禁断の恋愛SF、孫の体に魂が転生するファンタジーまで何でも来いだ。「Fight for You」も、スパイとその監視対象との恋愛模様という、ユニークな関係性が描かれる。
VBLシリーズ第一部「Eternal Butler」からバトンを受け取る形で始まる本作は、同時刻に内見した縁で同居することになった 小白 と 大黒 を中心に展開する。偶然ルームメイトになったようで、実は仕組まれていた二人の出会い。小白は、大黒の監視というミッションを遂行するスパイだったのだ。なかなか有益な情報が得られず、大黒の懐に入ろうと突飛な手段を取る小白。やがてそれは、嘘から出た実となり……。
ハードボイルドじゃないんかい!
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かたや情報局の諜報員として、代々政府に忠義を尽くしてきた家系のサラブレッド。かたや裏社会とのつながりが疑われる「何でも便利店」で働く監視対象者。諜報員と裏社会の手下が主人公とくれば、もうハードボイルド的な展開で悲劇にまっしぐらかと思いきや、二人のやりとりがかわいすぎる、まさかの純愛ラプソディだった。名前に象徴されるように、二人の構図は本来“白黒=善悪”という対立関係にある。しかし共にルーキーである未熟さから、凡人らしからぬ諜報員スキルを隠しきれなかったり、酔うとキス魔になる隙があったり、不器用な二人のドタバタぶりが実に微笑ましくて、ハードボイルドな世界線はいったいどこに行ったのかというツッコミの勢いも思わず鈍ってしまう。また台湾ドラマには欠かせない、家族との衝突や絆も見どころの一つだ。
タイトルもなかなかに興味深い。原題「對立而已」は「対立にすぎない」という軽いニュアンス、英題※「Fight for You」 は確固たる決意のニュアンスがあり、両者には単なる翻訳ではないギャップがある。二人の関係性が進むにつれ、両タイトルをなぞるように表面的な対立から揺るぎない愛情へと移行することを考えると、英題に方向性を示すギミックを忍ばせたのでは? などとタイトルだけでもちょっとした考察の余地があるのも楽しい。
※邦題は、英題をそのまま採用している。
台湾ドラマあるある、ネーミングに注目せよ
そんな考察はタイトル以外でも可能だ。主人公の“黒白”コンビ 、それから小白の上司である 簿行 と「何でも便利店」店主の 都岢顗 が、それぞれ対比関係にあると名前からうかがえる。そう、台湾ドラマでは登場人物をはじめとする固有名詞のネーミングに、性格や関係性を暗示する演出が実に多いのだ。気づかなくとも鑑賞に不便はないが、知るとより理解できるし楽しめる、そんな遊び心が仕込まれている。
本作でいえば、政府に仕える諜報員・小白こと白舟齊の「白」は正義感や清廉さ、大黒こと黒宇柏の「黒」は、信念のためには善悪を問わない危うさと頑固さのメタファーと受け取れる。劇中のファッションもブレずにそれぞれ「自分の色」を身につけているが、視聴者をミスリードさせる意図なのか、メインビジュアルではその色彩が逆転しているのも面白い。

白舟齊(左)と黒宇柏(右) ©2024 “VBL Series” Partners All Rights Reserved.
一方、簿行と都岢顗には、それぞれ正反対の意味を持つ「不行(だめ)」、「都可以(何でもOK)」と同じ音を当てている。これは「諧音」と呼ばれるもので、同音異義の漢字を意図的に使い、ユーモアや縁起担ぎ、あるいは皮肉を込める表現技法だ。台湾華語(中国語)に同音異義語が多い性質上、ドラマのネーミングに限らず、新年など折々のグリーティングメッセージでも非常に好んで使われている。
小白が簿行を「ノー・サー」と呼ぶのも、当然諧音の「不行」に由来する。 同時に、上官など目上の者に同意・従属の意思を示す英語の「Yes, sir」にもかけているのだろう。諜報員の簿行に否定を表す音を当て、悪であるはずの都岢顗に全肯定を意味する音を当てたのは、単に「何でも便利店」にかけたからなのか。あるいは皮肉、善悪の曖昧さ、時に清濁併せ呑むことの必要性を込めたのか……。こんなふうに、ネーミングからあれこれ考察できる台湾ドラマの醍醐味が存分に味わえる。

都岢顗(左)と簿行(右) ©2024 “VBL Series” Partners All Rights Reserved.
【ネタバレ注意】大人たちの気になる過去

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初々しくてかわいい黒白コンビもいいが、劇中詳しく語られなかった都岢顗と簿行の過去にも大いに興味をそそられた。簿行と結ばれそうな小白の兄には申し訳ないが、二人が気になりすぎてサイドストーリーの製作を本気で願っているくらいだ。何がいいって、互いが特別な存在であるのは一目瞭然なのに、あくまでそっけなく振る舞う二人に分別と諦観が滲んでいる点。愛を貫く若い黒白コンビとは対照的に、愛より仕事を選んだと推測できる大人二人が本当に切ない。
特に目を引いたのは、シア・ホーシー(夏和熙)が演じる都岢顗だ。何やら悪事を働く大ボスであるらしいが、その素顔は伏せられている。世話になったという大黒の祖母の店に足繁く通い、妹の治療費が必要だと知れば大金をポンと出す義理堅さを見せる。何よりカタギの大黒を悪から遠ざけるよう配慮している点が、根っからの悪人ではないと感じられて好ましい。決して出番は多くないし、演技も演出もさりげないが、都岢顗の存在がアクセントとなり物語に奥行きを与えている。

都岢顗を演じたシア・ホーシー ©2024 “VBL Series” Partners All Rights Reserved.
バラエティー番組の司会者として、少々かしましいイメージが強いシア・ホーシーの見事な化けっぷりには、失礼ながら正直驚いた。BL出演は若手俳優の登竜門といわれるが、芸歴の長いシア・ホーシーにとっても新境地開拓となったようで、台湾では新たなファンが激増したという。簿行を演じた香港人俳優ハン・チョフェイ(幸卓輝)にちなみ、二人が広東語で交わす会話もノスタルジックな余韻があって非常によかった。ところで、黒白コンビの二人はキャラクターもストーリーも一新した縦型ドラマで、再びカップル役を演じるらしい。関係性の良さがうかがえてファンにとっても嬉しい展開だが、こうなると大人コンビの再共演にも思わず期待したくなる。改めて製作サイドに伺いたい。都岢顗と簿行のサイドストーリーはいつ頃になりそうですか?

Text:二瓶里美
編集者、ライター。2014年より台湾在住。中華圏のエンターテインメント誌、旅行情報誌、中国語教材などの執筆・編集に携わる。2020年5月、張克柔(字幕翻訳家・通訳者)との共著『日本人が知りたい台湾人の当たり前 台湾華語リーディング』(三修社)を上梓。
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