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【配信で楽しめる!今月のおすすめ韓国映画】#5 曖昧な境界―― 気鋭の女性監督が描く、幻想的な“欲望”『ガラスの庭園』

生体工学の博士課程で学ぶ研究員のジェヨンは、後輩に研究アイテムを盗用された上に、信じていたチョン教授に裏切られて研究所を辞め、かつて住んでいた深い森へと向かう。

ジェヨンが引き払った部屋に引っ越した小説家のジフンは、興味を引かれて森の奥で暮らす彼女を訪ねる。ジェヨンの生活を覗き見たジフンが、彼女をモデルに書いた小説は大きな反響を呼び……。

     

最初に映し出される神秘的な美しい森の風景に誘われるがまま、ひと気のない森の奥に分け入り、斧で切りつけられた木から緑色の樹液が流れ出るのを見た時から、映画が深く心に沁み入ってきました。

同時に引き込まれたのが、木と会話ができる主人公ジェヨンの存在です。ジェヨンをムン・グニョンが演じたことで、彼女の純粋性がより際立っているように思えます。撮影時30歳間近でしたが、“国民の妹”と呼ばれた頃の愛らしい姿が今なお鮮明に残っているからでしょうか。成熟した女性像とはやや遠く、本作では短く切った髪が、中性的な印象を強めています。

そうした印象のせいか、ジェヨンが師事するチョン教授とキスを交わすシーンにまず驚かされます。それは、彼女のような女性はそんな行動と無縁なのでは、という漠然とした自分の思い込みに気づかされた瞬間でもありました。そして、無機質なガラスの庭園で過ごし、浮世離れして見えても、ジェヨンは人間が誰しも持っている欲と無縁ではないのだと思い知らされます。

彼女は足が悪い自分を理解し、愛情を示すチョン教授に支えられていました。そんな教授が自分の研究を否定しただけでなく、研究を盗用した後輩と関係を結んだと知って傷つきます。森の中に引きこもってからも、後輩の成功を知れば心穏やかではいられません。

そんなジェヨンがアパートの壁に書き残した「私は木から生まれた。いつからか私の体には緑の血が流れ始めた」という言葉が、スランプに陥っていた小説家ジフンの心を惹きつけます。

赤い血が流れる柔らかな肉体を持った人間とは明らかに違う、堅い木肌から滴り落ちる緑の血のイメージは、葉緑体から人工血液を作り出す研究に没頭してきたジェヨンそのものを象徴しているようです。他人の欲によって夢を壊された彼女こそ、もしかすると自分の中にある欲をもてあまし、俗世から解放されたいと願っていたのではないでしょうか。

「人間と自然は果たして共存できるのだろうか」との思いから本作を手がけたというシン・スウォン監督は、2010年の長編デビュー作『レインボー』が第23回東京国際映画祭アジア映画賞を受賞したのを皮切りに、ベルリンやカンヌなど伝統ある海外の映画祭で各作品が評価を受けてきた気鋭の女性監督です。本作では自ら手がけた脚本が第38回ファンタスポルト国際映画祭のファンタジー脚本賞を受賞しました。

美しい自然は人を癒してくれますが、時として脅威ともなります。ジェヨンを訪ねた帰り、道に迷ったチョン教授がさまよい歩く暗い森は不気味としか思えません。

ただ、森にはどんな姿でも人を魅了せずにはおかない、妖しく不思議な力があるようです。失踪した教授の行方、ジフンが知る事実、ジェヨンを待つ結末などのミステリアスな部分とともに、森の様々な佇まいが強い吸引力を持っています。

映画のもうひとりの主役とも言える神秘的な森は、慶尚南道昌寧(チャンニョン)郡で撮影されたそうです。監督がスタッフとともに全国を探して見つけた、地元の人も立ち入ったことのない場所だったとか。森へ向かうジフンが降り立つ芙蓉(プヨン)駅も、ジェヨンが出入りする「芙蓉餅精米所」も全羅北道金堤(キムジェ)市に実在しています。

幻想的な作品が実際の場所をそのまま使って撮影された、というのは意外にも思えますが、それゆえに本作の大きな魅力である“ファンタジーとリアルの曖昧な境界”が生み出されたとも考えられます。

出口のない森のような、現実なのか否か判然としない境界。ここからいつまでも出て行きたくない、自分がそんな風に感じていることに、映画を観終わって気づかされるのです。


Text:小田香
出版社勤務を経てフリーとなり、01年頃より日韓の俳優、映画・舞台関係者に数多く取材。現在は『韓流ぴあ』『韓国TVドラマガイド』等の韓流誌を中心に、ミュージカルや映画・華流ドラマについての寄稿も行っている。著書にノベライズを手がけた『イニョプの道』がある。毎週金曜日AuDee配信の番組 「韓流ぴあpresents K❤❤❤(Love Max)」に不定期出演中。


『ガラスの庭園』
足にハンデを持っていた博士課程の学生であるジェヨンは、自然とコミュニケーションができるという特異な能力を持つ才能溢れる研究員であった。腹黒い同僚や愛する人に傷つけられ、彼女は孤独に生きるため、森の奥深くにある昔過ごしたガラスの庭園へ再び足を運ぶ。一方、小説家のジフンはジェヨンに魅了され、冷たくあしらわれながらも彼女にしつこくつきまとい始める。ジェヨンに感化され、ついに彼は「ガラスの庭園」という彼女に関する小説を書き上げた。ジェヨンは次第に彼に心を開き始めるが、ジフンはガラスの庭園で何かおかしなことが起きていることに気づく。困惑した彼は取り返しのつかない重大なミスを犯す。

監督:シン・スウォン
出演:
ムン・グニョン
キム・テフン
ソ・テファ
リム・ジョンウン
パク・ジウス

2017年/117分/韓国
配給:エスピーオー
©2017 LITTLEBIG PICTURES. All Rights Reserved


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