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台湾ニューシネマのあとで|第2回 アートとエンタメの融合〜台湾映画の復興

    
『海角七号 君想う、国境の南(原題:海角七號)』

2008年、台湾映画界に事件が起きた。

『海角七号 君想う、国境の南(原題:海角七號)』の大ヒットだ。リピーターが続出して「『海角七号』見た?」ではなく、「『海角七号』何回見た?」というのが挨拶代わりになったほど。

南部のリゾート地を舞台に、町おこしのために開催されるフェスをめぐる人間模様が描かれたこの映画は、まさに"台湾人が見たかった映画"として5.3億元、日本円にして約20億という興行成績を叩き出した。

新人監督でキャストもほとんど無名の映画がなぜこんなに当たったのか…答えは簡単、「おもしろいから」。台湾人は、誰々が出ているから、という理由で映画を見に行かない。内容が面白いかどうか、という非常に健全なジャッジをする。

これが初長編というウェイ・ダーシェン(魏徳聖)監督は、本当に撮りたいと思っていた『セデック・バレ(原題:賽德克、巴萊)』の資金集めの為に本作を作った。この気軽さが功を奏したのかはわからないが、見事に台湾人のツボにはまったのだ。


ウェイ・ダーシェン監督

台湾映画の復興は『海角七号』からと、よく言われるが、決してこれ1作だけではない。

もちろん『海角七号』は象徴的な作品だが、それまでにも、2002年の『藍色夏恋』に始まる新世代の創作者達が、台湾ニューシネマの旗手たちが作り上げた芸術性に、娯楽性を見事に融合させ、『花蓮の夏(原題:盛夏光年)』や『僕の恋、彼の秘密(原題:十七歳的天空)』『靴に恋する人魚(原題:人魚朶朶)』『言えない秘密(原題:不能説的・秘密)』ほかの青春映画やLGBT映画の名作を産みだし、気運を上げていた。

『海角七号』が公開された2008年、トム・リン(林書宇)監督の青春映画『九月に降る風(原題:九降風)』が、金馬奨と台北電影奨で競った。アイドルドラマでヒットを飛ばしていたニウ・ チェンザー(鈕承澤)は、軽快な業界コメディ『ビバ!監督人生(原題:情非得已之生存之道)』で映画監督デビュー、ヤン・ヤージャ(楊雅喆)監督は少年の成長物語『Orz Boyz!(原題:囧男孩)』を発表。


トム・リン監督

いま台湾映画を牽引する監督達の誕生が2008年なのだ。台湾映画人たちの地道な土壌作りが成功し、この発芽に繋がった。

そして注目すべきは、ニウ・ チェンザーはホウ・シャオシェン(侯孝賢)作品で俳優として育ち、ウェイ・ダーシェンはエドワード・ヤン(楊德昌)監督の運転手から映画製作のキャリアをスタート、トム・リンはツァイ・ミンリャン(蔡明亮)の現場で学び、ヤン・ヤージャが『藍色夏恋』のイー・ツーイエン(易智言)の助監督を務めたということ。


ヤン・ヤージャ監督

ニウ・ チェンザーは「僕はホウ監督のような作品を作る気はない」と明言している。巨匠のもとで修行しながらも、それぞれ自分のスタイルを確立した才能はもちろん、その環境を整備した台湾映画人たちに心から拍手を贈りたい。


ニウ・チェンザー監督


註)著者(アジアンパラダイス)のルールにより、人名は台湾の発音に近いカナ表記をしています。


《第3回「広がる裾野〜多方面からの参入」に続く》



Text:江口 洋子
台湾映画コーディネーター。民放ラジオ局で映画情報番組やアジアのエンタメ番組を制作し2010年より2013年まで語学留学を兼ねて台北に在住。現在は拠点を東京に戻し、映画・映像、イベント、取材のコーディネート、記者、ライターなどで活動。台湾映画『KANO』の製作スタッフをつとめた。2016年から台湾文化センターとの共催で年8回の台湾映画上映&トークイベントを実施。


「台湾巨匠傑作選2020」
開催中~ 11月13日(金)新宿 K's cinemaにて
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