Cinem@rt エスピーオーが運営するアジアカルチャーメディア

連載

【私の履歴書・田代親世】第3回 全国を飛び回ったレポーター時代


私の履歴書~Profile No.1?

韓国エンターテインメント・ナビゲーター:田代親世さま

韓国ドラマのファンであれば、この方の名前を知らない方は少ないでしょう。
日本で韓流ブームが起こる前から、いち早く韓国コンテンツの魅力に気づき、情報発信を続けてこられた、第一人者です。韓国ドラマ・映画の解説、韓流イベントの司会のほか、幅広いメディアでコメンテーターとして活躍されている田代さんに、その生い立ちから、韓国との出会いまでを、率直に包み隠さず語って頂きました。韓国ドラマファンだけでなく、人生に迷っている人、夢を掴みたい人にも必読のインタビューです。

・・・

岩手で暮らすという選択肢もあったのですが、若かったし、東京で頑張ってみたいという気持ちの方が強くて、岩手放送をやめ、フリーになり、オーデションに受かったTBS系列の朝の情報番組「フレッシュ」のレポーターを始めました。94年の9月のことです。TBSの柴田アナをメインに、今やイチロー夫人の福島弓子さん、パリに渡った雨宮塔子さんが出演する新番組でした。

ニュース班に配属されて、日本全国津々浦々、事件や事故があると聞けば、すぐに現地に飛び、翌朝生中継という毎日。スタジオから「現場の田代さん~!」と呼びかけられてましたね。ホントに毎日、その日に自分がどこにいくのかも分からないような生活で、常に宿泊道具を持参していました。地震だ、殺人事件だ...と、殺伐とした事件のレポートばかりでした。

阪神大震災の時も、当日に現地入りし、傾いたペンションに1週間滞在して、取材を続けました。断水していたので、お風呂も入れず、疲れもたまって、だんだん外見がひどい状態になっていく感じが画面に出ていましたね。

1年足らずで番組は打ち切りになりましたが、今度はテレビ朝日の「スーパーモーニング」のPDにお声掛け頂き、95年の9月から97年の5月までレポーターを務めました。

今も「スッキリ!!」で活躍されている男性レポーターの阿部祐二さんは「フレッシュ」時代の同僚です。事件のレポーターは気力も体力も消耗する仕事なので、今でも続けていらっしゃるのは、すごいと思いますね。

レポーター時代は、現場にいち早く飛び、視聴者にニュースを届ける仕事にやりがいと自負を感じていました。ただ、やっぱり事件の加害者や被害者の家族に話を聞くのが辛かったですね。体力、精神的な疲れが、やりがいよりも大きくなってきたんですね。

そのとき出会った香港映画、中国映画を見て「やっぱり、私はエンターテインメントが好きなんだわ~」という思いを新たにしていたんです。そんな中で決めた香港留学だった訳です。

(第4回に続く)


◆田代親世さん出演イベント
日韓文化交流イベント めぐり逢いコンサート トークゲストとして出演
http://www.koreanculture.jp/info_event_view.php?page=1&number=4521&cate=&keyfield=&key

◆著書


「恋する韓流」(朝日新聞出版)
-韓流10年の活動を振り返ってのエッセイ本




「韓国ドラマが教えてくれる 心が強くなる40の言葉」(中経の文庫)-ドラマの名セリフを取り上げて解説する情報本




小説「台北に舞う雪」(朝日新聞出版)監修-映画化になったオリジナル脚本をもとに書き下ろした小説




小説「泡沫の夏」(新書館)



記事の更新情報を
Twitter、Facebookでお届け!

TOP