Cinem@rt エスピーオーが運営するアジアカルチャーメディア

【香港】太台本屋 tai-tai books 三浦裕子さんが教えてくれる、香港の読書事情とオススメ本3選

はじめての人に読んで欲しい、この3冊



ディオゲネス変奏曲

著者:陳浩基
訳者:稲村文吾
国内出版社:早川書房

『13・67』で日本に華文ミステリブームを巻き起こした陳浩基の自選短編集。『13・67』は、執筆された2013年から1967年の香港暴動へ遡る香港現代史を軸にした社会派本格ミステリだったが、本書収録の作品は、香港色をそれほど強調しない普遍的な背景の物語が多い。だが、こちらも『13・67』に負けずとも劣らない大傑作だ。

収録されている17篇のストーリーは、密室殺人のトリックを楽しむ推理短編(「作家デビュー殺人事件」)から、ショートショートSF(「時は金なり」「カーラ星第九号事件」)、ヒーローものの怪人軍団の内部で起きる内輪もめ的殺人事件という、ブラックユーモアあふれる短編(「悪魔団殺(怪)人事件」)まで、バラエティに富む。そのどれもが、最後に「むむっ!」とか「えっ⁉」とかと唸らせられるアイディアに満ちていて、著者の引き出しの多さと発想力に改めて脱帽するとともに、今後も奇想と驚きに富んだ作品を書き続けて、私たちを楽しませてくれるだろうという期待を、確信に変える1冊だ。





往復書簡 いつも香港を見つめて

著者:四方田犬彦、也斯
訳者:池上貞子
国内出版社:岩波書店

香港と日本の二人の文学者による往復書簡集。ともに批評家、比較文学研究者、詩人、作家である四方田犬彦と也斯(イェース)が、2003年から07年にかけて交換した12通の書簡に、香港と東京というアジアの2つの巨大都市における、文学、詩、映画、演劇、思想、食、街と人、そしてデモと社会運動——など、“返還”以降のみならず、60〜90年代の香港と東京の「変わりゆくさま」が記されている。

也斯による最後の一通は2007年9月のもの。この中で彼は、北京政府によって主導される返還10周年のさまざまな記念文化行事や、返還以来、進められてきた中国伝統文化の普及、教育政策について「香港は植民地で、伝統的な中国文化を分かっていないから、改めて再教育しなければならならない」という態度であり、「二〇世紀以来、香港が伝統文化の継承と発展を担ってきたことを、一筆で消し去ろうというもの」と批判している。

也斯は2013年に亡くなった。彼の想像をはるかに超える速度と暴力性で、彼の懸念は現実になった。本書が刊行されて十数年経ったいま、改めて読み返すと、香港ではあまりにも多くのことが変わり、そして失われていきつつあることに、悲しみを持って驚嘆せずにはいられない。






中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選

著者:張愛玲
訳者:濱田麻矢
国内出版社:岩波書店

張愛玲は実際には中国の作家なので、「香港の本事情」の中で取り上げるのは反則なのだが、作品には香港を舞台にしたものも多いこと、中国よりも先に台湾・香港でブレイクしたこと、たびたび香港で映画化されていることなどを口実に、ここで紹介したい。

張愛玲は1920年上海に生まれ、一時期、香港大学文学部に学んだ。上海に戻った40年代から創作を始め、60年代には台湾や香港で大人気となり、現在に至るまで、華文文学界を代表する恋愛小説の作家と考えられている。作品は、許鞍華(アン・ホイ)監督の『傾城の恋』(84)、『半生縁』(97)、關錦鵬(スタンリー・クワン)監督の『赤い薔薇 白い薔薇』(94)、李安(アン・リー)監督の『ラスト・コーション』(07)など、香港や台湾の映画監督により、たびたび映画化されてきた。

本書『中国が愛を知ったころ』には、初邦訳の3作品が収録されている。そのうち「沈香屑 第一炉香」は著者のデビュー作品。香港の高校に通う少女・薇龍(びりゅう)は、不況のために上海に帰る両親から離れ、社交界で浮名を流す伯母のもとに身を寄せる。恋のさや当てのダシとして伯母に利用されるままに華やかな社交の場に出る薇龍だが、遊び人のジョージに出会い、恋をしてしまう……。本作も許鞍華監督、クリストファー・ドイル撮影、坂本龍一が音楽を、ワダエミが衣装を担当し、ジョージを彭于晏(エディ・ポン)が演じるという豪華陣営で映画化されている(『第一炉香』として2020年東京国際映画祭で上映)。幸せになれないことを予感しながらも、情に翻弄され、絡めとられていくヒロインの姿に、読む側も心をかき乱される。



太台本屋tai-tai books 店員S 三浦裕子

台湾・香港書籍版権コーディネーター、翻訳者
出版社の雑誌編集部、国際版権業務部門を経て、2018年より台湾・香港の本、出版、書店などのあれこれを発信するユニット「太台本屋 tai-tai books」(http://taitaibooks.blog.jp/)で活動。台湾・香港の「本当に面白い本」を、日本の出版社や読者に向けて紹介している。台湾書籍の翻訳、台湾映画の字幕などの翻訳もときどき。訳書、台湾初(華語圏初?)のプロレス小説『リングサイド』(林育徳)が、2021年2月小学館から刊行予定。



Edited:小俣悦子(フリーランス編集・ライター)

記事の更新情報を
Twitter、Facebookでお届け!

TOP