【ほぼ週刊 映画紳士タモ コラム VOL.46】「人間が本能を抑圧して現代文明が
成り立っている。それが男の不幸だ!(フロイト)」とばかり映画『女性上位時代』は性の解放を唱えて突如として始まる。唱えているのは男ではなくあのカトリーヌ・スパーク。彼女はまさに肉体を張って主張する。
なぜかって言えば彼女の死んだ夫が女友だちやさまざまな女たちと内緒で乱交を繰り広げていたのを知ったから。恋人に言えない秘密の数は現代L25ではないと答えたのは3割弱、3個以内が5割以上、10個以上と答えたのは1割強に昇る。いつの世にも男と女の間には淫靡な闇が潜んでるのだ。原題は「女性リーダー」だがこの邦題をつけたのが僕の尊敬する大先輩。さすがに上手い。
先輩もそうだったが男はといえばこの時代、情けないくらいに弱い。特にエコノミック・アニマルといわれ始めた日本男子は仕事に疲れ果て元気な女性たちのセックス攻撃にはついてゆけない。

この映画が公開された60年代後半の日本では昭和元禄と呼ばれ女性たちがあらゆる所で強くなりミニスカートをはいてイエイエ族を気取り、ウーマンリブの狼煙を上げれば生活文化すべてに新しいものが、もちろん性先進国の流行までが凄まじい勢いで雪崩れ込んできた。そして嬉しいことにあのスパークまでもがSM世界に乱入したのだ。しかもこの映画のスパーク嬢は当年とって23歳、金持ちの未亡人の役だ。次から次へとエスカレートする変態妄想を実現するべく街に出る。身近な弁護士に誘惑されたように誘惑し、歯医者とは診察台で、テニスコーチとはシャワー室で、売春婦と間違われ行きずりの男とカーセックス、パーティで知り合ったドS男の過激ぶりに快感も新規開眼、したい放題の果てに発見した最高のセックスとは一体?。思い起こせばどこまでも愛らしいスパークの『太陽の下の18才』『狂ったバカンス』など熟す前の様子を知っていた僕らは充分大人になって、美しく可憐な表情の下に女のしたたかさを兼ね備えた魅力を画面いっぱいに全開している彼女の生まれたままの姿を観て感動以外の心の爆発を禁じえないのだ。

僕は想う、この映画は監督はもちろん絶大なるスパーク・ファンのスタッフによって作られたに違いないと。監督は『山猫』などヴィスコンティ作品の名脚本家パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ、音楽は『黄金の七人』のアルマンド・トロヴァヨーリといったイタリア映画界の錚々たる面々だが皆が皆スパークが大好きなのが手に取るように分かる。あ々、どこまでも明るいイタリア野郎に乾杯!露出もいつもより張り切ってサービスしてくれたスパークに永遠なるディーヴァの称号を!貴女なら女性上位で当たり前、まさに誰一人侵すことならぬ神聖スパーク帝国そのものなのだ。

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