映画「無防備」市井監督&女性ブロガー座談会リポート

内容

第30回ぴあフィルムフェスティバルでグランプリなど3冠に輝き、第13回釜山国際映画祭ではグランプリに当たるニュー・カレンツ・アワードを獲得するなど、国内外で絶大な評価を受けた映画「無防備」の試写会が、今月2日のDVD発売を前に行われ、市井昌秀監督と、観賞した4人の人気女性ブロガーによる座談会が開かれました。

■ストーリー
 プラスチック工場と自宅を往復する日々の律子は、30代の主婦。家では夫と寝室を別にする冷え切った関係。そんなある日、彼女の前に妊娠した20代の千夏があらわれる。工場の仕事を親身に教える律子、そんな彼女を姉のように慕う千夏。2人の間にはほのかな絆が生まれつつある一方で、千夏の存在が、律子の心を徐々に乱していく。そして律子が心の奥にひそめていた負の感情があらわになっていく…。

監督・脚本:市井昌秀
出演:森谷文子、今野早苗
DVD好評発売中 / 3,990円(税込) /OPSD-S919




<座談会レポート>

「命を失ってしまった母親は、次の命をなんらかの形で自分の中にもうけるまでは、再生は難しいんだなという印象が強かった」
「描かれているものはすごく重たいし、冷たいし、激しい悲しみであり、苦しみであるはずなのに、心情として描かれている静かさが刺激的に感じられた」
「女性の責任って大きいと感じ、たぶん最初で最後になるだろうリアルな出産シーンは、今もウルウルきそうなんですけど、感動しました」
「出産シーンは、この映画でなければ見ることができない映像だと思ったので、命が誕生するということは本当にすごいなって思った」

試写を見終えたばかりの4人が、まずは思い思いに感想を語る。監督を目の前にして、思っていることを言葉にするのは難しいものだが、あらゆる角度から率直で的確な意見が次々に飛び出す。それぞれが映画と真摯に向き合っていることがうかがえ、活気に満ちたトークになりそうだ。

「無防備」は、妻で女優の今野早苗が妊娠したことが分かり、市井監督が「衝動的に出産のシーンを撮りたい」と思い立ったのが製作のきっかけ。「命を軽視する事件や事故が非常に多い中、ドキュメンタリーではなく劇映画の中に出産を取り込むことによって、命を与える機会にしたい」という意図を伝えたところ、今野も二つ返事で快諾したという。

妻との共同作業による脚本執筆。出産シーンをクライマックスに据え、流産を経験し自身の感情を閉じ込めながら生きる30代の主婦・律子が、妊婦の千夏(今野)と出会ったことで再生への糸口を見いだすとともに、潜めていた闇の感情が芽生えていくというストーリーラインを構築した。

映画は、律子と千夏が互いの距離を縮めていく関係性を軸に、律子が流産した過去、それに起因する夫との冷え切った関係など負の要素が明らかにされていく。そして、千夏のある場面を目撃したことで、抑えていた感情が奔流のようにあふれ出す。二人の心象風景、特に律子の心理描写に関しては、一様に感嘆の声が上がった。

「すごく分かっているなあ。よく奥さんと話し合われたんだろうなあって思いますね。ようやく子どもに恵まれたのに、亡くしたことで自分を責めたんですよ、きっと。だから旦那さんを拒否してしまった。それで、夫婦仲が悪くなったと解釈しました」
「いつも自分にブレーキをかけているというか、これ以上、傷つかないようにと自分で決めちゃって淡々と生きていくのを見ていて、切ないというかつらすぎますね」
「傷つくことを怖がって、自分を追い込みながら生きている。それが、千夏が現れてから小さな揺さぶりが始まる。その時点で再生が始まっているんじゃないかと思うんです。表情に激しさ、厳しさが生まれてくるのも、本当は生き返っているからじゃないかと感じた」

これには、市井監督も納得の表情。「トラウマみたいなものから抜け出すには、あえて直面して向き合う必要があると思っている。律子は直視することで、苦しい部分を思い出すことになるけれど、それは丸ごと再生に向かっているものと思っています」と説明した。

舞台は市井監督の故郷・富山で、実家のプラスチック工場が主要なロケ地となった。市井監督は、「18歳の時に富山を出て、東京や大阪に比べ富山がいかに閉鎖的であるかが外から見ているとすごく分かる。工場も閉鎖的で、冷たさを感じたので、律子の心の闇として描いて、最後にしっかりと開放させるものにしたい。富山にはすごいどんよりとした雲もあるので、心情を表すのに最適だと思った」と振り返る。その冷たさ、寂しさをたたえた風景も、律子の心理の変化を見事に表現し、絶妙な効果を上げた。

「二人にかかわる人以外は、誰も出てこないし、車も通らない。あの何も、誰もいない景色が印象に残りましたね」
「どんなに広い土地に住んでいても、あんなに閉鎖的な生活を送ってしまうのかというのがショックだった」

一方、市井監督が、「デリケートな内容だからこそ、ユーモアも必要」と随所にちりばめた笑いのシーンも好意的に受け止められたようだ。

「律子が田んぼに落ちた後に、ストップシーンのようにいったん止まりますよね。すごくシリアスなシーンだけれど、静かにククッと笑い心がゆるくなる感じ。監督はお笑いをやっていたので、そういうセンスはシリアスをやっている人にはないんじゃないかなあ」
「恐竜がいっぱいいる公園が、あそこだけ色遣いがカラフルで、なんともいえないどんくさい恐竜たちが愛らしく感じて、和んだなあ」
「思わぬところに出てくるゆるい笑いで、自然な流れを壊さないまま笑えたのが心地よかった」

そして、撮影としても映画にとっても最大の山場となった出産シーン。予定日より1週間ほど遅れたため、その間は撮影がストップするアクシデントもあったが、気心の知れたスタッフ、キャストの結束によって、20時間に及ぶ撮影を乗り切った。新たな生命が誕生した瞬間、父親にもなった市井監督は「完全に監督に徹していたというか、(父親になったという)余裕がなかった。監督としていなければダメだという感覚でした」という。

詳述は避けるが、出産を見届けた律子に、ある希望の光が差す余韻を残して映画は終わる。その後、律子はどのように生きていくかということを聞いてみたところ、これもさまざまな解釈があった。

「旦那とは別れて、すごく生き生きとした生活を送るんじゃないかと思います。新しい人生を歩んでほしい」
「そう思っていたけれど、彼女自身が傷つく勇気も出てきているはずだから、旦那を変えていくこともできるのでは、とふと思った」
「旦那に自分の気持ちをはっきり言う人になれるんじゃないかな。気持ちがしっかりしたものに変わったんじゃないかな」

中には、「きれいなラストだったので、それ以上は考えたくない」という潔い意見も。ともあれ、そのラストカットで撮影がすべて終了し、市井監督も「いろんな感情が沸き起こりましたね。本当にここまで撮れたっていう。母子ともに健康だったし、やりきった安堵感みたいなものはありました」と、当時に思いを馳せた。

「律子の閉じている心がだんだん開いていく姿、妊婦という存在、そして生まれてくる子どもの無垢な姿、言い換えれば人間みな無防備であるという点を出したかった」という思いをタイトルに込めた「無防備」。国内外の映画祭への出品、劇場公開、そしてDVD発売という一連の流れを経て、撮影時に生まれた長男も1歳8カ月になった。「『無防備』という映画は、我が子と同様に本当に大事な映画です」。市井監督の力強い言葉が、座談会に参加した4人の感動、満足感をさらに高めたようだった。

司会/文 映画ジャーナリスト 鈴木 元



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