『ス』崔洋一監督 ティーチイン(2008/3/26 /シネマート六本木)

内容

現在、東京と大阪で絶賛開催中の《韓流シネマ・フェスティバル2008春》。多くの韓国映画の話題作がラインアップされている中、その枠を超えて注目されているであろう作品が、日本を代表する映画監督 崔洋一が単身で韓国に乗り込み、撮り上げたチ・ジニ主演のハードボイルドアクション『ス』だ。 3月26日、シネマート六本木で『ス』の上映終了後、崔洋一監督をゲストに迎えてのティーチイン(Q&A)が開催された。チ・ジニのファン、崔監督のファン、映画ファンなど、多くの観客が詰め掛けた劇場では限られた時間にもかかわらず、崔監督との間で熱心な、興味深い質問のやり取りが行われた。



崔監督:ようこそいらっしゃいました。遅い時間なのにありがとうございます。作品を観ていただいてからのティーチイン、さあどんな槍や矢が飛んでくるのかと戦闘モードで来ていますので、何でもご質問ください。

司会:『ス』が日本で初めて上映される感想は。

崔監督:この作品は日本に対する売値が高いんですね。韓流ブームの中で、韓国映画の商品価値が高くなった名残の最後の作品なんです。そのため、日本ではなかなか買い手が付かず、こういった形(注:韓流シネマ・フェスティバル2008春)で公開されることも予想していませんでしたから、嬉しさ半分、意外さ半分です。

Q:最初にチ・ジニを知ったきっかけ、出演を決めたポイントは。

崔監督:企画段階ではおなじみのスターの名前も挙がっていたのですが、僕にとってはシナリオが出来上がっていく中で、そういうスターたちがうまくはまらなかったのです。僕はチ・ジニが決まってから「宮廷女官 チャングムの誓い」を見たくらいですから、彼のことはよく知りませんでした。ただ、彼が僕との仕事に興味を持っており、知性派俳優として評価されているということから、一度会ってみようとランチの時間をとりました。彼には会った瞬間に「こいつは俺に会いに来たことで、この作品に出ることを決めているな」という意志の強さを感じました。しかも、韓国人には珍しく、それをあらわにしない奥ゆかしさがあるのです。そして、眼もとの涼しさからは誠実さ、正直さを強く感じました。そのルックスから、『ス』という作品の主人公には合わないという意見もあったかもしれませんが、僕はそうした部分に強くひかれたんですね。言葉を多く交わすこともなく、ハードボイルドな関係で始まった感じですね。彼は困難な撮影のときも我慢強く、しかも自分は一歩も引くことなくスタッフを鼓舞するという芯の強さがありました。 ただ、『ス』が出来上がってから、チ・ジニに言わせると「こいつ(崔監督)は噂どおりのヤクザだと思った」となるのですが、本当にいい出会いだったと思います。




Q:日本と文化面でも異なる韓国での撮影における苦労は。


崔監督:この話をすると徹夜になりますよ。まず、言葉、文化という大きな違いが横たわっています。撮影前からそこは大きな弊害になるなと思っていました。撮影の無事を祈る神事のときに「僕たちが共有していることはただひとつ、この映画を作ることだ。文化的な違いを大前提にこの映画を作ることが映画人としての友情、互いの知識の吸収になれば幸せだと思います」と挨拶したのですが、撮影は本当に大変でした。最初に警察署内での撮影をソウルから1時間ばかりの場所にあるロケセットで行いました。1週間の予定が5日半で終了し、「俺たちは天才だ」と大喜びしてソウルに戻ったのですが、最初に飛ばしすぎたのか、翌週からは全く違うスタンスになっていました。意思の疎通は本当に大変でした。一番びっくりしたのは、美術監督以下15名が忽然と消えたことですね。その理由は向こう側から言わせれば「監督だ」と。予期していたような、寝耳に水のような感じだったのですが、撮影のやり方の違いが大きな理由でしょう。例えば、僕はセミダブルのベッドにはセミダブルのシーツが欲しいのですが、美術部の下の子はシングル用のシーツを持ってきて、どうにもならないのに引っ張るわけです。僕の普段のやり方は準備を大切にし、時間をかけるんです。
これは韓国スタッフのいい部分なのですが、困難なときこそ団結し、そこを突破していくパワーは本当に凄いんですね。例えば、無許可でカーアクションを撮ってしまう、クレーン車が火事になってもその上に乗っているスタッフはびびることなく、撮影を続けましょうとなるんですね。火事だというのでTVの取材まで来ているのにですよ。そういう映画にかける情熱は日本で長く仕事をしてきた僕なんかとは全く違います。
僕は韓国に1年半いたのですが、笑いと怒り、血と汗と涙、これが24時間順繰りに回っていくんです。本当に面白かったですね。
彼らの仕事のやり方と圧倒的に違う監督が来たということが、何年かすれば、彼らにとっても面白く感じられ、そうした気持ちを次のシーンに持って行ってくれるんじゃないかなと思っています。


Q:チ・ジニが息絶えるまでのハイライトというべきシーンが長く感じたのですが、その長さはどのように決めたのですか。


崔監督:撮影に入る前と撮影を終えてから、作品における時間の感覚が変わるんですね。このシナリオを完成させるには僕までで5人ほどが関わっているのですが、そういう中での変化もありますし、俳優のコンディション、ポジショニング、撮影中の怪我など様々な状況が生じる中で映画に関わっているということは現実の時間軸が変わっていくことであり、その結果からこういう作品が出来上がっているのです。時間の変異が重なっていくことで、物語の質も変わってくるんですね。例えば、この作品において、美術部の逃亡や助監督やスクリプターが13人代わったというような出来事がなく、スムーズに出来上がっていたら、また違ったものが出来ていたとは思います。でも、逃げられていますからね(笑)。


Q:暴力性と血縁という部分でビートたけしさんが主演した『血と骨』と関連させながら観ていたのですが、ムン・ソングンさんが演じる悪い会長が首をひねる癖はビートたけしさんを意識しているのでしょうか。

崔監督:鋭いご指摘だと思います。ムン・ソングンさんはもっと激しいことを提案したのですが、ああなりました。ジャンキーで畜生を持っている、そんなク・ヤンウォンの人生を僕は一番どこかで愛しているんです。裏芝居ですが、彼のお父さんは朝鮮戦争中に北側の兵士で釜山まで行ったのですが、そこで白旗を揚げ、韓国社会にもぐりこんだんです。そういった環境で育つことにより、彼はいくつかの病気を持ったのです。僕は人の醜さは美しさに通じると頑なに信じています。ムン・ソングンさんが演じたク・ヤンウォンと『血と骨』でビートたけしさんが演じた男は同じ血というのではなく、一般的には理解されないが、醜悪だけではなく、それが人によっては美となる闇の世界に生きてきたという部分がくっついて回ってきているということは言えます。

Q:次作の『カムイ外伝』もそうですが、どうして復讐物を撮り続けるのですか。

崔監督:私は特に人に恨みがあるタイプではないです(笑)。小さなもの、社会的に弱いものが何らかの形で自分の意志を貫こうとする、意思の具現化としての暴力に心惹かれてきているのです。作る映画はそういう傾向にあるのですが、鑑賞する側としてはお馬鹿映画、嘘だろというような恋愛映画が大好きなんですね。ちょっと分裂症的に感じるかもしれませんが、これはほとんどの映画監督の職業病ともいうものです。 自然に出でてくる発想が具体的な映画になると言えますし、その発想の扉が色々とあるんだなと『ス』を作った時に感じました。知っているつもりだけどよく分かっていなかった韓国映画界で仕事をしたときに、監督ではあるが異邦人としての自分も存在する苦しさも含めた面白さはこの『ス』という作品に反映されているのだろうと思います。最終的には僕は楽観性を取るタイプなので、そちらに流れるのですが、面白かったですね。 話がそれるのですが、撮影を終え、ある雑誌の取材のために出版社兼映画会社にインタビューを受けに行きました。そうしたら逃亡した美術監督がその会社の新作の打ち合わせのため、僕のインタビュールームの隣にいたんですよ。そして手を上げて「やあ、やあ元気だった」と。ふざけるなですよ。だから、楽観的にならざる得ない。日本だったらありえないことですよ。

Q:最後のバトル、クライマックスのシーンが壮絶だったのですが、どのように撮ったのですか。

崔監督:あのシーンの設定はソウル市内の水産市場だったのですが、実際の撮影はソウルから1時間ほど離れた小さな水産市場、釜山の米軍施設の跡地、セットなど、数箇所で正味10日くらいで撮影しています。僕が書いた脚本ではあの3倍くらいの長さがありました。ただ、さすがにこれでは観客が耐えられないだろうなどと、色々なエッセンスを固めていくとああいう形になるのです。 韓国のアクションチームは本気で蹴りや殴りを入れてしまったりするくらい凄いんですよ。でも、どこかまだカンフーの匂いが抜けきっていない。僕はそれが嫌なんです。憎しみと憎しみがぶつかり合うのだから、肉体と肉体がぶつからなければいけないという基本的な考え方を持っているので、アクションもああいう形になるのです。心強いアクションチームと優れたアクション監督でした。 先ほど、復讐物の話が出たのですが、復讐物といえばパク・チャヌク監督(『オールド・ボーイ』など復讐三部作で知られる)で、彼の作品と比較もされました。彼とお互いの新作を観て対談する企画もあったのですが、暴力に対する考え方が全く違いました。僕は肉体と肉体とがぶつかることによって生まれるエナジーにどこか表現的な意味で依拠しているのですが、パク・チャヌクはもっと観念的な意味で捉えていました。

司会:時間となりましたので、最後に挨拶を。

崔監督:本日はありがとうございました。質問のレベルにタジタジとしている部分もありますが、そういう皆様がこの作品をもう少し日本で広げてくれればなと思っています。僕の願いはこの『ス』を撮る前も、最中も、今も思っているのですが、アジアのどこかの国でこうした作品やちょっと違ったテーストの作品を崔洋一に撮らせてやろうと思うなら、どこにでも出かけるつもりです。そんなときに作った作品をまた観ていただければ幸せだなと思っています。

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