『ユゴ?大統領有故?』イム・サンス監督&シン・チョル プロデューサー インタビュー

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『ユゴ?大統領有故?』イム・サンス監督&シン・チョル プロデューサー インタビュー

12月15日、シネマート六本木を皮切りに世界初のオリジナルバージョンで一般公開(全国順次公開)される『ユゴ?大統領有故?』。そのプロモーションとして、監督のイム・サンスとプロデューサーのシン・チョルが来日し、記者会見など多忙な中、インタビューをすることが出来た。


大島渚監督の『愛のコリーダ』に『ユゴ?大統領有故?』をなぞらえ語るイム・サンス監督、オリジナルバージョンで公開される喜びを素直に語るシン・チョルプロデューサー。しかしながら、削除バージョンでの韓国公開が残した痛手とこれからへの課題・・・・。『ユゴ?大統領有故?』に横たわるものを感じ取ってもらえればと思う。


Q:世界初のオリジナルバージョンでの一般公開となりますが、そのことについての率直な感想をお願いします。

イム・サンス:大島渚監督の『愛のコリーダ』は日本では法的な理由から公開当時(1976)はオリジナルバージョンで公開できませんでしたよね。そして、確か、数年前(2000)に日本でも無修正のオリジナルバージョンで公開されたはずです。大島監督は日本でオリジナルバージョンが公開されたときは、表立っては言わなかったかもしれませんが、喜びは相当に大きかったと思います。そのことを考えると、今は文明化された社会といいますが、色々な野望や罠が渦巻いていると思います。こういう話をすると、自分を大島監督と比べているように思えるかもしれませんが、全くそういうことはなく、大島監督の『愛のコリーダ』は私に「こんな素晴らしい映画があるのに自分は何を撮ったらいいのだろう」という絶望を与えたのです。

シン・チョル(プロデューサー) :最初に出てくるのは、嬉しいというひと言です。この作品が削除された状態で上映されることの最初の被害者は、監督、俳優、この作品に関わったスタッフ達です。削除されているということは歪曲されているということですから、そういった状態で映画を受け入れなければならない観客が第二の被害者です。日本ではそういうことにならず公開されるので、誇らしく、ありがたく思っています。

Q:この映画を製作していて、騒ぎになることは予想していたと思いますが、それは予想を超えたものでしたか。また、最終的に韓国でオリジナルバージョンを上映する予定ですか。

シン・チョル(プロデューサー) :イム・サンス監督が「こういう作品が撮りたい」と言って持ち上がった企画段階から社会に大きな反響をもたらすだろうとは思っていました。その段階から外に情報を漏らさずに撮影するなどしていました。ただ、予想できなかったのは民主主義になったのに裁判所がこの映画の削除上映という判決を下すことでした。今現在は一審で勝利していますので、オリジナルバージョンの上映も合法なのですが、相手側が控訴しているので、その結果がどうなるかですね。イム・サンス監督は一貫して、削除バージョンの上映には異議を唱えていました。ただ、私たちは仕方なく、そういう形で上映したのですが、今後はクリエイターが望まない形での上映はあってはならないと思っています。そして、そうなって欲しいと思っています。

イム・サンス :先ほど、大島渚監督の『愛のコリーダ』のことを話しましたが、作品が復元され、オリジナルな形で上映されても、あまりにも傷が大きすぎるので勝利とは言えないと思います。勝利というのなら、誰に勝利したのでしょうか。起きてしまったからには、回復されても、修復できない傷が残ってしまうと思います。

Q:公開後1ヶ月も監督にボディガードが付いていたという記者会見での発言がありましたが、民主化して20年以上も経った国で、パク大統領のことを描いただけでどうしてそういうことが起こるのでしょうか。

イム・サンス :これはある政治的な勢力の人々が危害を加えるのではなく、大衆の中にいる愚かな心を持った人、おかしな行動を取る人たちのためにつけてもらったという感じです。

シン・チョル(プロデューサー):監督は気楽に話していましたが、確かに民主化が実現されてかなりの時間が経っている筈なのですが、暴力的なメンタリティを持った人々が、一部ではあるかもしれませんが、ずっといる気がするのです。彼らがどんな行動をするか分からないから、ボディガードをつけたのです。

Q:この作品を撮り終えて、不都合な面などはありましたか。

シン・チョル(プロデューサー) :不都合や窮屈な気持ちより、これからもっとやることがあるなということを知らされた気がします。まず、クリエイターという何かを生み出す人たちには勇気が必要なのだということを初めて知った気がします。様々な影響を与えるのですから、勇気を持って仕事に取り組まなければと改めて感じました。

イム・サンス:不都合や窮屈な想いを感じたことはなく、逆に有名になりました(笑)。

Q:この作品を撮り終えて、今でも評価が相反するパク・チョンヒという人物にどのように感じましたか。新たに感じたことはありましたか。

シン・チョル(プロデューサー) :パク・チョンヒが亡くなったとき、私は7歳でした。ですから、この映画を撮る前にパク・チョンヒという人物について知っていることは僅かでした。今回、イム・サンス監督とこの作品を撮りながら、こんな人だったのか、社会的にこういう影響を与え、これからも与えるのではないかということを考えるようになりました。映画のための研究資料を見ながら、勉強していきましたので、新たに感じるというよりも、この作品を通して初めて知ったといえます。

Q:これからも影響を及ぼしていくだろうとありましたが、具体的にどう思っていますか。

シン・チョル(プロデューサー) :今すでにその影響はあると思います。当時のパク・チョンヒ大統領の政権の運営の仕方は今でも続いているようでなりません。この作品は、今の私たちのメンタリティはどうなのかという目的で作ったのですが、民主化は進み、その他の部分でも進歩しているのに普遍的な価値の部分は変わっていない気がします。正義や真実があるにもかかわらず、自分の権力や欲求を手に入れたいがために正義や真実を踏みにじってきた精神構造は残っている気がします。そういったものが除去され、社会全体が浄化されてほしいと思います。間もなく、韓国では大統領選挙も始まりますが、昔と今とではやり方が変わったとはいえ、過程で起こる事件は全く変わっていない気がします。そういった部分が浄化された社会が実現するにはまだまだ長い道のりが待っていると思います。監督は私の意見とは違うかもしれませんが。

イム・サンス :カリフォルニア大学バークレイ校の東アジア インスティテュートでこの作品が上映されました。その時にアフリカ出身の学生が「イム・サンス監督は余りにも贅沢じゃないか。こういった独裁者でも、こういった人がいたから経済的に発展した部分があるだろうし、国のためには必要だったのではないか」という発言をしたそうです。現代的な民主化のあり方から、パク・チョンヒを非難するのは簡単なのですが、こうした発言を聞いてしまうと私たちはジレンマに陥ってしまいます。確かにパク・チョンヒは国のために立派なことをしたと思います。でも、そうだとしてもその一方では自分はいい暮らしをし、自分に反対するものは監獄に入れ、拷問にかけ、殺してまでいます。立派なことも憶えておくが、そうではない後者の面も記憶しておく必要があると思います。そして、これから私たちが考えていかなければならないのは、彼がいいとか悪いとかではなく、彼はすでに存在していないのに、あの時代の精神構造がずっと受け継がれていること、そこに私たちが捉われている現実を問いかけていきたいと思います。よく考えれば、亡くなってから30年も経つのに未だにこうやって彼のことを話しているということはその影響力には強いものがあったということですね。

『ユゴ?大統領有故?』は12月15日(土)よりシネマート六本木、12月22日(土)よりシネマート心斎橋ほか全国ロードショー

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