エピソード

後漢末期、 曹操 そうそう は宦官の家系の跡取りとして育った。幼少期に曾祖父たちの冷酷な行いを目の当たりにした曹操は、自らの境遇に背いて「自分の道は自分で歩く」と決意するが、決してその道のりは平坦なものではなかった。名門 えん 家の 袁紹 えんしょう と交流を深め、 洛陽北部尉 らくようほくぶい となった曹操は、卓越した手腕でその名を都に轟かせるが、霊帝に重用されている宦官・ 蹇碩 けんせき のおじを夜間外出禁止令違反の罪で処刑したことから都を追放される。そして、県令として赴任した 頓丘 とんきゅう では、 黄巾 こうきん 軍の蜂起を未然に防ぐことに成功するが、私腹を肥やしていた豪族・ 王福 おうふく を無断で処刑したことをとがめられて解任されてしまう。故郷に戻って雌伏の時を過ごした後、 議郎 ぎろう の職を得て洛陽に舞い戻った曹操は、宦官家系の出身であることから士人たちの妨害に遭うが、ついにこの逆境をはねのけて 騎都尉 きとい の座に就く。曹操は、従兄弟の 夏侯惇 かこうとん 夏侯淵 かこうえん らと共に五千の兵を率いて、30歳にして初めての戦場へ赴くのだった……。

齢30にして初めて戦場に立った 曹操 そうそう 黄巾 こうきん 軍を相手に見事初陣を飾った曹操は、そこで、戦功を挙げようと奮闘していた 劉備 りゅうび 関羽 かんう 張飛 ちょうひ の3人と運命の出会いを果たす。その後、 済 南 せいなん 国相 こくしょう を経て東郡の太守に任命されるが、これ固辞した曹操は、故郷に戻ったところを刺客に襲われて重傷を負ってしまうのだった……。その頃、宮中は混乱状態に陥っていた。病を患った 霊帝 れいてい の後継者の座を巡り、長子・ 劉弁 りゅうべん を擁立する 皇后と、次子・ 劉協 りゅうきょう を擁立する とう 皇太后が反目し、何皇后の兄である大将軍・ 何進 かしん と宦官・ 蹇碩 けんせき は互いの命を狙い合い、さらに 張譲 ちょうじょう 十常侍 じゅっじょうじ たちもその陰で暗躍していた。曹操は、何皇后、董皇太后のどちらの新帝擁立計画にも乗ることなく、 袁紹 えんしょう と共に何進に付き従っていた。しかし、何進と宦官たちの争いが激化する中、大軍を率いて洛陽入りした 董卓 とうたく が混乱に乗じて宮中を支配。猛将・ 呂布 りょふ を得た董卓は、自ら 相国 しょうこく の座に就いて専横を極めていくのだった。

洛陽 らくよう を掌握した 董卓 とうたく の非道な行いはますます激しくなり、曹操は人肉を食べさせられるという屈辱を味わい、側室・ べん の前で涙を見せる。曹操は、 司徒 しと 王允 おういん から託された 七星宝刀 しちせいほうとう で董卓の暗殺を試みるが、あと少しのところで失敗し、逃亡生活を余儀なくされる。董卓の執拗な追跡から曹操を救ったのは、第二次 とう の禁で、まだ少年だった曹操に助けられた 陳宮 ちんきゅう だった。董卓を倒すために兵を集めた曹操 は、 張邈 ちょうばく 袁紹 えんしょう 孫堅 そんけん らと反 董卓 とうたく 連合軍の結成に奔走するが、盟主の座を巡って 張邈 ちょうばく 袁紹 えんしょう が対立。さらに、皇帝・ りゅう べん が董卓に殺害されたことで、皇帝を守るという大義名分が失われ、連合軍は空中分解し、袁紹と意見を違えた曹操も故郷の しょう 県へと戻ってしまう。董卓の天下はさらに続くと思われたが、王允が養女の 貂蝉 ちょうせん を使って 董卓 とうたく 呂布 りょふ の関係を引き裂くことに成功。世の混乱に乗じて、曹操は東郡太守 から 兗州牧 えんしゅうぼく の座に登り詰め、復活の狼煙を上げるのだった。

董卓 とうたく 亡き後も、都は混乱を極めていた。 呂布 りょふ に董卓を殺させた 王允 おういん は、 李傕 りかく 郭汜 かくし に処刑され、呂布も逃亡を余儀なくされる。邪魔者を排除した李傕と郭汜 は、献帝 けんてい を操り、都を武力で牛耳ろうとしていた。 荀彧 じゅんいく の勧めで新しい軍師・ 郭嘉 かくか を迎えた曹操は、膠着状態にあった 黄巾 こうきん 軍との戦いに勝利する。しかし、父・ 曹嵩 そうすう 徐州 じょしゅう 牧・ 陶謙 とうけん の部下に殺害されたことから、安息する間もなく新たな戦いに身を投じることになる。父の弔い合戦であると同時に、徐州奪取という目的も持つ曹操であったが、兵糧不足から苦戦を強いられ、陶謙が送ってきた 劉備 りゅうび の説得に応じる形で一時撤退。充分な兵糧を蓄えた後、再度出兵した曹操は、徐州の民をも皆殺しにする勢いで攻め込むが、そ の隙に、 張邈 ちょうばく 陳宮 ちんきゅう と手を組んだ 呂布 りょふ 兗州 えんしゅう を奪われてしまう。 袁紹 えんしょう からの援助を断り、自軍の力だけで兗州を取り戻すことに成功した曹操は、長安から逃れた献帝を受け入れ、許への遷都を勧めるのだった。

丞相 じょうしょう となった曹操が朝廷内で権力を増していく中、群雄の勢力争いは激化していた。 劉備 りゅうび は、 呂布 りょふ じょ 州を追われ、曹操のもとに身を寄せるが、飼い殺しにされる。隙を見て一度は 小沛 しょうはい に戻った劉備だが、再び呂布に攻撃され、 きょ しょう に戻って曹操の食客となる。呂布は、劉備から徐州を奪った後、縁組を通して 袁術 えんじゅつ と手を組もうとするが、曹操の策にはまって袁術と手を切る。その後、曹操に騙されたことを知り、 下邳 かひ に籠城して曹操との長期戦に挑む。袁術は、自ら「 仲家帝 ちゅうかてい 」と称して皇帝であるかのように振る舞い、勢力を拡大していくが、曹操に打ち破られて 淮南 わいなん へと逃亡する。そして、曹操にとって旧友であり、最大の敵である 袁紹 えんしょう は、曹操に権力が集中しないよう牽制しつつ、かねてから邪魔だった 公孫瓚 こうそんさん 討伐に本腰を入れ、ついに撃破する。袁紹が公孫瓚を破ったのと同じ頃、曹操も呂布を破って許に凱旋。力を増す一方の曹操に対し、朝廷内で反対勢力が動き始める……。

呂布 りょふ を処刑した曹操は、朝廷内で皇帝以上の力を持ち始めていた。 国舅 こっきゅう 董承 とうしょう を中心とした反対勢力は曹操の暗殺を目論み、献帝けんていの 血詔 けつしょう に署名させられた 劉備 りゅうび も計画に巻き込まれるが、曹操を恐れる劉備は 許昌 きょしょう を脱出する。 袁紹 えんしょう 張繍 ちょうしゅう に同盟を呼びかけて曹操に対抗しようとする劉備だったが、張繍が曹操側に寝返ったことで袁紹は激怒。ついに曹操と袁紹の戦いの火蓋が切って落とされる。曹操は、まず劉備を破り、劉備の家族を守るために投降してきた 関羽 かんう を手に入れる。関羽が袁軍の 顔良 がんりょう 文醜 ぶんしゅう を立て続けに撃破したことで勢いに乗った曹軍は、曹操自ら袁軍の兵に扮して食料庫を焼き払うという奇襲作戦にも成功し、天下分け目の「 官渡 かんと の戦い」に勝利するのだった。宿敵・袁紹を破ったことで天下統一がもはや夢ではなくなった時、曹操は、自ら皇帝になろうとしているのか、漢の復興だけを純粋に思っているのか、自分自身の気持ちがわからなくなっていく……。