映画館の恋

イントロダクション&ストーリー

ギターを買う兄に付き合った、大学の入学試験を終えたばかりのチョン・サンウォンは兄から少し多めのお小遣いをもらい、それを一気に遣おうと繁華街へと向かう。その途中、彼は大好きだった女の子と何年かぶりに偶然再会し、その子の仕事が終わる時間に待ち合わせをする。時間つぶしのために、演劇などを観たりしながら、彼女との待ち合わせの場所へ。一緒に呑み、カラオケをし、その場の雰囲気のまま、ふたりはホテルへと行くのだが。

自分が大好きだった女の子と偶然再会し、一緒に呑んでいるうちにそういう関係になってしまう。自分自身の経験を含め、どこにでも転がっているような物語である。この物語はホテルへ行ってから、思わぬ物語へとなっていくのだが、もっと重要なのが、これが映画の中の映画であるということ。この物語が終わるとひとりの男が映画館から出てくるシーンへと切り替わり、新たな物語が紡ぎだされるのだ。

映画館から出てきた男はこの作品に監督、主演した男の後輩の人生の先が見えない映画監督志望の男。先鋭的な作品で監督としての名声を気付き上げている先輩は病魔に侵される、入院をしている。この日その先輩の病気への寄付も兼ねた同窓会も開かれるのだが、そこへ顔を出そうか、出すまいかと街を当てもなく歩く彼は今観た映画の主演女優を偶然見かけ、ストーカーのように追いかけ「今度は僕の映画に出てください」と声をかける。男は一生懸命に声をかけるのだけれども、女優は親切に対応しながらも肝心の部分は無視。彼女が今日の同窓会に行くかもしれないというので、男は参加を決定する。そこにあるのはあの女優も来るという期待のみだ。

コラム・見どころ

先輩のあの映画を観て、男は映画の中の架空の存在である女優の役柄に恋をしたのかもしれない。それを証明するかのように、男はあの映画の舞台になった街を主人公のように歩き始める。でも、男は映画の中の女優だけではなく、あの映画の監督、女優と監督との関係に恋をしたのかもしれない。どちらにしろ、男の日々の満たされない気持ちが、あの映画を観た後であの女優に出会ってしまったことによって、不思議な埋められかたをし、どこかが捩れてしまったのだ。

監督は韓国映画界を代表する奇才であるホン・サンス。『豚が井戸に落ちた日』『気まぐれな唇』『男は女の未来だ』など男女の関係をオフビート感覚に満ちた独特のタッチで描いた作品で、ヨーロッパを中心に世界中で大きな注目を浴びるアジアの映画監督のひとりである。この作品で描かれているのも映画というものを媒介にした、そうした男女の関係であり、あの独特のオフビート感覚は貫かれ(相変わらず、妙に笑えます)、セックスシーンは艶かしい。そして、今回の作品ではヨーロッパ的な感覚で捉えられたソウルの街も印象に残る(役者と言葉が違えば、まるでフランス映画のようだ)。

半ばネタバレになってしまうが、映画の中の映画は主人公の「一緒に自殺してくれ」という言葉に女の子が応えることで、ああでもないこうでもないとなりながらも急展開していく。この主人公、大学に合格しながらも自分の向かうべき方向性が定められないのだ。だから、好きだった子に再会したら「死のう!」なんて平気で口走ってしまう(状況的には女の子のほうが本気になるのだが)。一方、現実の世界の映画監督志望の男は映画監督になれるのか、作品が作れるのか、どうなっちゃうんだろうという焦りをどこかに抱えている。あの映画の頃からは随分と時間が経って、周囲は地に足の付いた生活をしているのに、この男はあの映画の主人公と変わらない状況、気分なのだ。

「高倉健のヤクザ映画を観た観客はあのスタイルで劇場を後にした」など映画が観客に及ぼす作用はよく語られるが、この作品もそうした映画が観客に及ぼす作用、愛情に満ちた作品である。映画の中の映画とそれを観た主人公の現実は微妙にシンクロしながら進みながら、映画の中の映画とは違う、現実味に満ちた結末へと向かっていく。苦味にも希望にも満ちたこの結末がまたホン・サンスらしい、独特の味わいでこちら側に染みこんでくる作品だ。

キャスト・スタッフ

出演:
キム・サンギョン/オム・ジウォン/イ・ギウ/ケ・ソンヨン
監督:
ホン・サンス
脚本:
ホン・サンス
撮影:
キム・ヒョング
音楽:
チョン・ヨンジン
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