不機嫌な男たち

イントロダクション&ストーリー

生死の境をさまよい、その後遺症として足が不自由になったジュンギュ。美しい妻と娘との家庭があるにも拘らず、順風万歩だったサラリーマン生活を捨て、専業作家を目指し始めたムノ。親友であるこのふたりは若者のような無鉄砲な行動をしていてもそれを楽しんでいるようには感じられない。3Pでは嫌がる女に暴力を振るい、欲求のはけ口だけのような行為にふけり、大麻らしきものを吸うときだって「ハイになってやろう」という感じではない。何かが起こっても笑うことなく、常に仏頂面、タイトル通りの不機嫌な表情のままの男たちがこの作品の主人公だ。

もちろん、彼らには不機嫌にならざる得ない理由がある。そのひとつは家庭や恋人とは別の、本当に好きな女性にきっちりと振り向いてもらえないからだ。実は彼らが振り向いて欲しいと思う女性も外から見れば満足できる環境にありながら、説明しようのない不満を抱えている。その不満ゆえに彼らと彼女たちはある関係を持つのだが、そんなものは長くも続かない。仮に彼女たちがきちんと振り向いてくれれば、男たちの不機嫌さは笑顔に変わるかもしれないが、その笑顔も永遠に続くことなく、また不機嫌さの中に閉じてしまうだろう。要するに彼らの不機嫌さの根底にあるのは“居場所のなさ”=“人生の閉塞感”なのである。若ければ許容されるかもしれない、30代半ばの男の“居場所のなさ”をこの作品は突きつけるように描いていくのだ。

コラム・見どころ

満席の国内線の飛行機に乗っているふたりの男。ひとりは何ともいえない目つきでフライトアテンダンドを眺め、ドリンクの注文の際にチャチャを入れている。彼の名はジュンギュ、どちらかといえば寡黙なもうひとりの男の名はムノ。30代半ばを過ぎた彼らは到着した先の料理屋で隣の席に座った女性をナンパし、ホテルで3Pにふけったり、誰もいない岬の先端で大麻らしきものを吸っていたりする。まるで若者のような無鉄砲なことをやっている彼らはそれぞれが似たような事情を抱えていた。

この作品の英語タイトルは『POSSIBLE CHANGES』という。日本語では“可能な変化”=“変化可能”と翻訳すべきだろうが、この作品の主人公である男ふたりはその可能性に果敢に挑んでいくわけではない。どちらかといえば、作品の準主役である女性たちの方がその多角的な可能性に挑んでいる。じゃ、男たちは何をやっているのかといえば、何かに変わりたいとおもっているが、そこに目的を定めていくのではなく、諦めを抱えたようにフラフラと漂い、淀み続けるのだ。作品はこのふたりの男の物語をそれぞれ現実と幻想のような理想のような情景とを絡めながら描いていく。

監督はこの作品がデビュー作となるミン・ヒョングク。文学コンテストの最優秀脚本賞を受賞し、このことが監督デビューへと繋がったのだが、実は彼はこの作品の脚本を書くために、大企業のエリート・サラリーマンという安定的な生活を投げ出しているのだ。そこのあったのは正に“可能な変化”という希望であり、1962年生まれ、2001年の文学コンテストで最優秀脚本賞を受賞というプロフィールから、この作品のテーマは監督自身と監督の周囲にいた人物たちのリアルな経験に重なっていると考えることが出来る。

青味が強い映像と赤味が強い映像とを挟み込みながら(もちろん、これが理想と現実になっている)、坦々としているが故にリアリティに満ちながら進んでいく物語。常に不機嫌で、何かを求めるようで求めず、時に宗教の誘惑に駆られることもある男たち・・・・。正直、どうしようもない嫌悪感を抱かせるだけの作品かもしれないが、こういう“突きつけてくる”作品が大企業のエリート・サラリーマン生活から足を洗い、映画業界へと飛び込んだミン・ヒョングクという人物の手から生み出されことは大きな可能性だと思う。この作品は2004年東京国際映画祭の最優秀映画賞をはじめ、世界中の映画祭で絶賛を受けている。

キャスト・スタッフ

出演:
チョン・チャン/キム・ユソク/ユン・ジヘ/シン・ソミ
監督:
ミン・ビョングク
脚本:
ミン・ビョングク
製作:
ナ・チャンドゥ/キム・ラクジュン
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