墨攻

イントロダクション&ストーリー

この作品の主人公である革離が所属する“墨家”は墨子(ボクシ)という人物により創設された思想集団であるという。“墨家”の思想は「兼愛」「非攻」「非楽」「尚賢」などの意味を含めた十の主張に纏められているが、そこが目指したのは国家の平和共存的な安定であった。実は“墨家”は歴史的な史料がほとんど残されていない集団であるというが、「自説を墨守する」などと使われる言葉“墨守”にその名残、思想性がきちんと引き継がれている。これは「どのような攻撃からも城を守りきり、的を退けた」という出来事から生まれた言葉であり、“専守防衛”的な思想である。現代という時代にも通用するはずのこの思想集団はあっという間にその姿を消してしまったという。

圧倒的な軍勢を持って攻め込んでくる趙に対し、革離は降伏することの惨めさを説き、自らの指揮の下、様々な戦略を練り、軍人や民衆の支持を勝ち得ていく。ただ、そうした戦略が当たること、それによって熱狂的支持を獲得していくことは、革離に別の気持ちを抱かせていく。大きな戦いが起きるごとに味方はもちろん、敵からも出る大量の死者は「兼愛」や「非攻」という思想が自分の体内を流れる血液のようになっている革離にこうした戦いの無意味さを痛感させ、彼自身を精神的に追い詰めていくのだ。一方、梁の国王やその支持者たちは戦いの勝利は歓迎するも、革離に対するこの盛り上がりに不信感を募らせていく。

コラム・見どころ

紀元前370年頃、春秋戦国時代にあった現在の中国。多くの国が領土を分割し、手に入れようとする中、大国である趙(チョウ)は同じく大国である燕(エン)へと10万人規模の軍隊を率い、攻め入ろうとしていた。その狭間にある小国の梁(リョウ)は燕からの攻撃を予告に対し、大きな決断を迫られていた。梁は“墨家(ボッカ)”に対して救援の使者を送っていたが、その返事はなく、残された道は国を守るための降伏か、負けを覚悟で戦うかのみだった。その時、ひとりの男が梁の国へとやって来る。男は革離(カクリ)という名の“墨家”のメンバーであった。すでに趙の先遣隊が攻撃を仕掛けてくる中、革離は自らの1本の矢のみで敵を後退させ、梁の国王らの信頼を獲得する。こうして革離の指揮の下で趙を迎え撃つ戦いが始まる。

酒見賢一による歴史エンタテインメント小説を、森秀樹(原作)と久保田千太郎(漫画脚本)が独自の視点を持ちながら描き、絶大な人気を獲得したコミック「墨攻」を映画化したのがこの作品である。このコミックは日本のみならず、香港、台湾、韓国などでも翻訳出版され、人気を獲得している。こうした部分から、この壮大なスケールを持つコミックは香港、日本、中国、韓国というアジアのエンタテインメントをリードする各国の協力により、製作されることになった。

主演の革離を演じるのは原作コミックのファンでもあったアンディ・ラウ、その他、韓国を代表する俳優アン・ソンギ、中華圏期待の若手女優ファン・ビンビン、中国ベテラン俳優ワン・チーウェン、韓国期待の若手スター チェ・シウォン、台湾の人気俳優ウー・チーロンなど。監督は『流星』『黄昏のかなたに』などの作品で高い評価を獲得している香港の映画監督ジェイコブ・チャン。音楽の川井憲次、撮影監督の阪本喜尚など日本人スタッフも数多く参加している。

映像、戦いのシーンのスケール、作品の中で繰り広げられる戦略、人間同士の駆け引き、そして愛憎など作品を貫くのは圧倒的なエンタテインメントであるが、そうした中で揺れ動いていく革離らの気持ち、そこから生じる深いメッセージ性が観る側の胸を打ってくる作品だ。この今の時代が背負ったものにもピタリと一致するメッセージ性こそが、作品の核であり、単なる歴史エンタテインメント作品ではない、普遍的ともいえるものを作り上げている。

中国の歴史、しかも様々な国が群雄割拠する戦国時代の物語というだけで、「ちょっと・・・・」と思ってしまう方もいるかもしれないが、そういった煩わしさは一切感じさせない、幅広い層を満足させる作品だ。

キャスト・スタッフ

出演:
アンディ・ラウ/アン・ソンギ/ワン・チーウェン/ファン・ビンビン/ウー・チーロン/チェ・シウォン
監督:
ジェイコブ・C・L・チャン
脚本:
ジェイコブ・C・L・チャン
原作:
森秀樹/酒見賢一/久保田千太郎
撮影監督:
阪本善尚
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