スターフィッシュホテル

イントロダクション&ストーリー

建築事務所に勤める妻と人並み以上の生活を送る有須。作家を志したこともある彼はミステリー小説のファンで、その中でも大人気作家である黒田ジョウの作品にのめりこんでいる。そうしたことが原因なのか、彼は毎夜のように夢見が悪い。そのことを妻はつまらないミステリー小説なんかを読んでいるからよと笑っている。満員電車に揺られ、人の流れに身を任せながら、会社と家を往復する生産性があるのかすら考えることがない日々。そんな何事も変わりのないある日、彼の前から妻が突然姿を消してしまう。

建築事務所に勤める妻は彼女曰く「迷宮のような刺激的な会員制のクラブ」の仕事に帰宅してまで取り組んでいる。彼女は夫に「この仕事が終わったら招待してくれるというので一緒に行かない」と誘いをかけるが、その反応は素っ気ない。金銭面など充実した生活を送っているふたりだが、その関係には倦怠期ともいうべきものが流れている。そして、その裏には当然のように個人の抱える後ろめたさ、闇が存在している。

妻が消えることで、男の生活には言いようのない危機感が湧き出し、自分にとって妻の存在は欠かせない、最も大切なものであるということに気付く。当然、妻が消える理由は彼には思いつかない。しかし、その理由を知るのは彼だけなのかもしれないのだ。そこには夫婦とはいえ、お互いの生活を全て知っているわけではない“闇”、“迷宮”の存在がある。そうした“闇”、“迷宮”へと男を誘い込むのが、出勤途中に黒田ジョウの新刊のチラシを配っていた着ぐるみのウサギである。このウサギは昼休みに公園のベンチで思い悩む男の前に着ぐるみの頭を取った素顔で現れたりなど、常に男の行き先を掲示する存在となっていく。

コラム・見どころ

ウサギという存在、そして主人公の苗字(有須)から分かると思うが、この作品は「不思議の国のアリス」をモチーフとしている。有須は妻が消失したことにより、“闇”、“迷宮”へと迷い込んでいくのだ(作品中では彼の妻は有須と呼ばれることはなかったはずだ)。作品にはこのモチーフに加え、もうひとつ、日本の怪談的なミステリー要素が加味されている。怪談といっても魔物や化け物が出てくるわけではなく、自分の中、自分の経験の中に存在する“闇”、“迷宮”、“魔が差す”というときに使われる“魔”である。

東北にあるスターフィッシュホテルで素性の知れない女性と逢引を重ねていた男の過去、そのスターフィッシュホテルで「ある日、女が消えることから始まるという」新作小説を執筆している黒田ジョウ、夜毎のように襲い掛かってくる悪夢・・・・、どこまでが現実でどこからが夢なのか、現実でありながらも現実でないかのように、短いシーンがフェイドイン、フェイドアウトし、観る側が夢現の状態になるような形で物語は続いていく。

主演は日本を代表する映画俳優のひとりである佐藤浩市。共演は妻役に木村多江、愛人役にKIKI、その他、柄本明、串田和美など演技派が集結している。監督は長編デビュー作『いちばん美しい夏』で絶賛を受けた日本在住のイギリス人であるジョン・ウイリアムズ。監督は脚本を書き始めた段階から主人公には佐藤浩市を想定していたという。

ジョン・ウイリアムズ監督はこの作品の発端について、引っ越してきたばかりの冷たい印象の東京という街で「電車に乗るとみな本を読んでいることが目に付き、人ごみの中で自分のプライベートな世界に入っている、という部分がすごく印象的で気になり、そこから主人公が本の世界にのみ込まれていくという話を考え始めた」と語っている。この作品は虚構である本と現実の類似というひとつの事件が解決するまでを追った、日本的な怪談の雰囲気を持つミステリーであるが、ミステリーはその事件自体だけにあるのではない。それは着ぐるみのウサギが導いていく、都会という街、そこに暮らす人間の持つ“闇”、“迷宮”にこそ存在するという一面的なミステリーという枠を超えた魅力、イマジネーションに満ちている。従来にない役柄を演じる佐藤浩市など役者の味わいはもちろん、このイマジネーションを具現化した映像表現を存分に味わってもらえればと思う。

キャスト・スタッフ

出演:
佐藤浩市/木村多江/KIKI/串田和美/柄本明
監督:
ジョン・ウィリアムズ
脚本:
ジョン・ウィリアムズ
撮影:
ベニート・ストランジオ
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