キムチを売る女

イントロダクション&ストーリー

中国の北部に位置する小さな町。そこの線路脇の粗末な2軒続きの建物に子供と暮らす女。彼女は三輪の自転車の荷台に自家製のキムチを乗せ、町へと出て行く。いつもの場所に立ち、客を待つ彼女。そこにいつものように買いに来る客。彼女のキムチのファンは多い。ある日、いつものようにキムチを売るために町に立つ彼女に「あなたは朝鮮族だろう。俺もそうだ。」と男が声をかけてくる。それ以来、男はキムチを売る彼女のところにやってきて、声をかけるようになる。そんなある日、彼女は警察により商売道具の自転車などを取り上げられてしまう。彼女の商売は営業許可証のない不法なものだったのだ。彼女はたまたまその様子を見ていたあの男の自転車の後に乗り、一緒に呑みにいくことになる。

コラム・見どころ

エンタテインメント性に満ちた“韓流”と呼ばれる韓国映画の世界があるとすれば、俗に“アート系”とも呼ばれるエンタテインメント的な部分から離れた韓国映画の世界もある。その代表的な監督は「今後は韓国国内で映画を撮らない」という自虐的な部分を伴った宣言までしたキム・ギドクだろう。でも、どちらの世界も最終的には収益というものを目指したエンタテインメントでもある(確かに後者の方が分かり難さはあるのかもしれないが)。この作品は間違いなく後者に位置する素晴らしい作品である。作品の素晴らしさは、カンヌ国際映画祭の批評家週間での受賞をはじめ、合計13の映画祭で14の受賞をしていることも証明している。

監督はこの作品が長編第2作目となるチャン・リュル。彼自身が中国に生まれ育った朝鮮族(韓国系中国人や中国籍韓国人の総称。差別を受け、生活も厳しく、貧しい立場のものが多いという)の三世であり、新進気鋭の作家としても高い評価を獲得している。彼が映画を撮り始めたのは酔った席で「映画なんて誰でも撮れる」と大口を叩いたからだという。その後、短編デビュー作がベネチア国際映画祭コンペ部門にいきなりノミネートされるなど、大きな注目を浴びた。この作品はもちろん、長編デビュー作、この作品の後に企画されている2作品も朝鮮族を主人公としているという。そこで描かれることは自分自身でもある朝鮮族という立ち居地を通して、世界を見るということだろう。

黒バックに文字だけのオープニングロールの向こうから聞こえてくる列車の音。家の窓から外を眺める女。横には線路が通る、荒野のような場所に建つ粗末な2軒続きの家。この繋がった2軒の間にある通り抜けできる通路。女は家を出て、その通路に置いてある三輪の自転車に乗り、キムチを売りに行く。物語の舞台が中国であるというのは登場人物たちの言葉から分かるだけであり、そこに明確な地域性は感じられない。まるで“ここではないどこか”の物語のようなのだ。地域性と同様に登場人物の台詞も少なく、背景説明もほとんどない。ただ、この説明の少なさは逆にイメージを喚起する。それは“ここではないどこか、でもここでもある”物語へとなっていくのだ。

作品はほとんど全てのシーンが固定カメラによる“ワンシーン、ワンカット”で構成されている。作品に効果を与えるための音楽は一切つけられていない(現場音のみだ)。“固定カメラによるワンシーン、ワンカットの映像”、“効果的な音楽の排除”、そして“最小限の台詞と説明”。一般的な劇映画に必要とされるものを必要最小限にまでそぎ落としたこの作品は、この上なく“シンプル”で“ミニマル”なものであり、それがエンタテインメント性とはかけ離れた部分へと置かれる要因だ。でも、“ワンシーン、ワンカット”の映像、そこで描かれるエピソードが重なっていくことで生じてくる深みは圧倒的である。これは役者の演技力なども含めた演出の素晴らしさに他ならない。これが世界中がこの作品に惜しみない賞賛を与えた理由でもあるのだ。

主人公の女性は違法なキムチ売りで日々をしのいでおり、息子に「朝鮮族なのだから、ハングルくらい読み書きできるようになりなさい」とハングルに希望を重ねるようにその勉強を強要している。隣の家に暮らす、若い女性たちは身体を売って生計を立てている。一方、主人公の女性にもその身体目当てに数人の男性が近づき、通り過ぎていく。そんな日々に光が射し始めたとき、彼女は対象を呆然と見ているしかない人生の中に初めてといってもいい“余裕”と“積極性”を見出す。こうしたワンシーンごとのエピソードの辛辣さ、虚無さ、時に美しさが重なり合い、物語は最後にこちら側の手を離れ、暴走するかのようにドライブしていく。そこに何を感じるか、どう思うかは明らかにこちら側に投げかけられたものである。

作品の原題は『芒種』。これは「6月6日前後、種まきの時期」を意味する季語である。種まきは将来への明らかな希望であるが、作品の観方によって、このタイトルは相当に意味深長になるはずだ。ただ、この作品、監督が韓国映画界(厳密な意味では韓国とは言えないかもしれないが)にとって“芒種”となる力を持っていることだけは確かだ。作品の素晴らしさはもちろん、そうした圧倒的な才能を感じ取ってもらえればと思う。

キャスト・スタッフ

出演:
リュ・ヨンヒ/キム・パク/ジュ・グァンヒョン/ワン・トンフィ
監督:
チャン・リュル
脚本:
チャン・リュル
撮影:
ユ・ヨンホン
美術:
チャン・ヘ
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