長州ファイブ

イントロダクション&ストーリー

黒船の来航、鎖国の崩壊、そして攘夷の嵐が吹き荒れる江戸の末期。外国人との間に「生麦事件」などの殺傷沙汰が相次ぎ、幕府の屋台骨も大きく揺れ続けていた。倒幕と攘夷を目指す長州藩の面々も英国公使館の焼き討ちをするなどの闇討ち的な行動を展開。ただ、そうした行動に疑問を呈する長州藩の若き志士たちもいた。山尾庸三、伊藤俊輔(後の伊藤博文)、野村弥吉(後の井上勝)、志道聞多(後の井上馨)、遠藤勤助の5人は様々な助言を聞き、自らが藩に申し出ることで、イギリスへの密航を決行する。彼らの中にあったのはイギリスで勉強し、日本に変革をもたらすということだった。

コラム・見どころ

倒幕と攘夷に対する疑問から、密航(ばれれば、死罪)をしてまで、攘夷の対象となる欧米、その中でも当時、最高の技術と隆盛を誇ったイギリスへと渡り、最新、最高の技術を習得して日本へと戻ってくる男たち、イギリスの新聞では“長州ファイブ”とも呼ばれた青年たちの姿を追ったのがこの作品である。

「攘夷とは異人(外国人)を斬ることなのか」と国の行く末を考え、悩む、若き志士たちは佐久間象山などに意見を聞きながら、藩主の毛利敬親に海外渡航を願い出る。海外渡航は死罪のため、表向きは賛成できない藩主は別の手立てを紹介し、当面の滞在費、学費を工面した5人はイギリスへと渡っていく。そんな彼らは渡航の際に「“生きたる機械”となって帰って来い」と諭される。自らの決意を固めるため、侍である証の髷を切り落とし、洋服に身を包みながらも、日本人、武士たる志を持ちながら、彼らはイギリスで前向きに生活していく。

この5人がイギリスへと渡り、勉学を重ねたことは知っていても、それが密航であり、イギリスの新聞からは“長州ファイブ”と呼ばれたことを知っている方は決して多くはないだろう。この作品はそうした知られざる史実を忠実かつ、丁寧に描いていく。異文化との摩擦と邂逅、志の高さゆえの衝突、“イエローモンキー”的な嫌がらせ、恋愛など監督自身が膨らませていった部分もあるだろうが、その物語はドラマティックな物語を持たせていくというよりは、ドラスティックなほどリアリティに満ちた視点を持ちながら描かれていく。だからこそ、作品を観終わった後、彼らの志、そうしたものがあったからこそ見出された結果に大きく揺らされるのだ。それは“現在”の日本が置かれている時代背景にも重なってくることに気付くだろう。

『地雷を踏んだらサヨウナラ』で報道カメラマンの一ノ瀬泰造、『アダン』で孤高の日本画家の田中一村を描くなど、実在する人物に迫る作品を撮り続けている五十嵐匠監督の狙いもそういった部分にあったようで「映画を観た人に感動してもらいたいのではなく、少しでいいから観る人を揺らしてみたい。「“長州ファイブ”が生きてきた時代と、このどうしようもない、2006年とか、今の時代がダブるからです。」と語っている。単純に“かくまで苦労をしました”的な物語にも出来たはずなのに、しなかった部分に五十嵐監督の志が感じ取れるだろう。

主演の“長州ファイブ”を演じるのは松田龍平、山下徹大、北村有起哉、三浦アキフミ、前田倫良という日本映画界に欠かせない若手俳優5人。その他、原田大二郎、榎木孝明、寺島進、泉谷しげるという個性派俳優が脇を固めている。また、撮影に関しては、出来る限り、“長州ファイブ”の面々が触れたであろう土地、物という“本物”にこだわりを持ち続けたという。

仕事のやり方が大きく変わったり、既存のやり方が通用しなくなったり、将来的な保障が消えつつある、一歩先の状況すら見えない現在の日本の中で、この作品は生まれるべくして生まれたものだろう。そんな現在よりも情報が乏しく、はるかに厳しい状況にあったあの幕末の中で、こういう風に生きた奴らがいたということは物事を考える上で大きな手立てになるだろう。歴史的な認識を自分の手だてとして手繰り寄せていく、歴史の事実を知るだけではなく、この作品はそういったパワーを持っているのだ。

キャスト・スタッフ

出演:
松田龍平/山下徹大/北村有起哉/三浦アキフミ/前田倫良/原田大二郎/榎木孝明/寺島進/泉谷しげる
監督:
五十嵐匠
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