Mr.ソクラテス

イントロダクション&ストーリー

ヤクザにまであと一歩のどうしようもない青年であったク・ドンヒョクはある日、そのヤクザたちによって拉致をされ、生徒は自分ただ一人という学校に強制的に入れられてしまう。高校中退、ろくに勉強などしてきたことがない一匹狼のドンヒョクにとって、それは人生で最も耐え難いことであったが、様々な脅しもあり、その状況に耐え忍び、彼らが望んでいた警察官の採用試験に合格。晴れて警官の道を歩み始めた新米の単なる交通課の巡査だったドンヒョクはある日、人質をとった銀行強盗事件を解決したことから刑事へと昇進するのだが・・・・。

コラム・見どころ

オープニング、地下にある飲み屋から男を連れ出し、殴る蹴るの暴行を働くドンヒョクに対し、通りがかりの男が「お前は最低の悪になる。でなきゃ、刑事になれ。」と吐き捨てていく。物語の前半ではこのドンヒョクの最低さ、最悪さがこれでもかというほど、描かれていく。犯罪者として刑務所にいる父親に金をせびり、混雑する電車の中でシートを独占し、タバコを吸い、携帯をかける、ちょっとした手違いで人を殺してしまったから助けてくれと頼む友人を助ける振りをしながら、警察に売ろうとする・・・・。一匹狼であるドンヒョクはヤクザ連中からもそのどうしようもなさ、中身のなさを馬鹿にされる手のつけようのない存在なのだ。

そんなヤクザも馬鹿にする若造がヤクザに拉致され、無理やりに勉強をさせられるはめに陥るのだから世の中は分からない。全身を樽に沈められての水攻めにあい、逃げようとして足を折られ、最終的には大切な弟まで脅しの材料にされることでドンヒョクは強制的だろうが勉強することを選ばざるえなくなり、学校=ヤクザが望む警官へとなる。ヤクザにとってその投資のリターンは警察内部に内偵者、協力者を置くことだった。そのためにはどうしようもなく悪く、限りないほど中身のない馬鹿=コントロールしやすい馬鹿かもしれないドンヒョクが好ましかったわけだ。

実はヤクザの仕掛けで刑事にまで成り上がったドンヒョクが自分がヤクザに利用されていたということに気付き、葛藤することから物語は大きく動き始める。タイトルの『Mr.ソクラテス』とはドンヒョク自身の姿でもあるのだが、それはソクラテスが毒服死を命じられた際に言ったとされる格言「悪法も法なり」から来ている。この格言は「どんな悪法でも法律である以上は遵守すべきもの」と解釈されているが、その裏には「法と、尊厳すべきもの、道徳は別物である」という意味も含まれている。最低の悪人になりそうだったドンヒョクは強制された猛勉強の際にこれらの格言を無理やりに暗記したのだが、警官となり様々な経験を重ねる中でこの言葉が自分自身のものとして活き始めるのだ。一方、彼を送り込んだヤクザは法律により、自分たちの立場を守るために弁護士、検事という法律の専門家などに強力なネットワークを気付いている。

法により取り締まろうとする立場である警察、法律を利用して自分たちを正統的に守り抜こうとするヤクザ。法律を盾にした状況の中、そこに包まれようとするヤクザという悪(これは「悪法も法なり」の立場だ)、法律は遵守するがそれ以上に自分の尊厳すべき道徳観のために法を超えてまでも生きようとする男(これもまた「悪法も法なり」の立場だ)の対立、葛藤がこの作品では描かれていくわけだ。

主演のドンヒョクを演じるのは人気俳優のキム・レウォン。彼自身が「8年間の俳優人生で一番印象に残る」と語ったこの作品はラブ・ストーリー、ピュアな甘さというイメージで売り出してきた彼が鍛え上げた体で、無骨なワイルドさを打ち出している。今までのイメージとは全く違う、このキム・レウォンに対してはファンの間でも賛否両論があるだろうが、役者として自分の幅を広げていこうという彼の意欲は大いに買うべきだろうし、この作品が役者としての彼に残したものも多いだろう。

作品はヤクザ、警察という男臭さには満ちているのだが、それだけではなく韓国映画らしいコミカルさもまぶされている。例えば、強制的な勉強のシーンや刑事になったドンヒョクが同じ男を「間違えた」と何度にもわたり、追い詰めていくシーンなどにはつい口元が緩んでしまうだろう。キム・レウォンの新たなるイメージ、アクション・シーンも魅力的だが、それ以外のファンにとってはコミカルなシーン以外にも、思わぬ仕掛けが待っているエンディングに向かっての物語展開も楽しめる、エンタテインメント性に満ちた作品だ。

キャスト・スタッフ

出演:
キム・レウォン/カン・シニル/イ・ジョンヒョク/ユン・テヨン/オ・グァンノク
監督:
チェ・ジノン
脚本:
チェ・ジノン
撮影:
チン・ヨンファン
音楽:
ソン・ギワン
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