深海 Blue Cha-Cha

イントロダクション&ストーリー

刑務所から出所したひとりの女性 アユーがフェリーへと乗り込む。向かうのは彼女が姉さんと慕うアンという女性の暮らす家。港に面したその家で、彼女は数人の女性を雇いクラブを営んでいる。店の景気は決して良くないが、アンはアユーを快く、迎え入れ、彼女はそこで働くことになる。髪を整え、きれいな衣装に身を包んだ彼女にはすぐにクラブの常連客がつき、男女の関係になる。アユーはその男に心底から夢中になるが、捨てられ、男と揉め事を起こした末にクラブでも働けなくなる。その後、アユーはアンの世話でパソコンの基盤を製作する工場で働き始める。そして、そこで彼女にひとりの男が声をかけてくる。彼の名はシャオハオ。彼女は彼と付き合い始め、彼の暮らすアパートで一緒に暮らし始める。

コラム・見どころ

主人公の女性であるアユーは無口で、壊れそうなほどの美しさを持ち、そうした部分が男をひきつける要素になっている。美しさと危うさが同居している、男からするとほっておけない女性なのだ。でも、彼女は自分自身のその魅力には気づいていない。そして、これを服用していないと頭がおかしくなると精神安定剤を服用し続けている。彼女が求めるのは自分を守ってくれる執拗なほどの愛だけであり、そのために彼女なりに献身的に尽くすだけだ。その愛は精神安定剤を手放すことにも連なる安住の地なのかもしれない。

アンはそんなアユーの性格を知り尽くし、自分自身の経験と重ね、男にはのめりこむんじゃないと何度となく釘を刺すが、それが通じることはない。結局、アユーはあてのない自分の面倒を見てくれたアンの住まいをやけくその喧嘩の果てに飛び出し、男のもとに転がり込んでいく。アンは自分の意見を聞き入れない彼女を見捨てようと思うが、そうすることができない。結局、ひとりの男の愛に寄りかかりたいと思い、心の底から尽くそうとした彼女は同じように捨てられてしまう。そうした彼女の戻れるところはアユーの住まいでしかない。

結局、アユーが求める愛情はクラブで知り合った男にとっても、最初は本気で彼女のことを愛した工場の男にとっても負担にしかなっていかない。男に献身的に尽くす彼女は逆に男の自由も縛り付けるのだ。そして、その息苦しさゆえに男は彼女を捨てていく。そうした事実ゆえに彼女が刑務所に入っていたことも明らかになってくる。彼女はそうした精神的な痛みをずっと持ち続けながら生きていかねばならない。実はアンもそういった傷を抱えており、だからこそアユーを見捨てきれないのだ。

タイトルにあるようにラテンのリズムである“チャチャ”がクラブで、ひとりきりの部屋で、昼間のベランダでと印象的に使用されている。そのリズムにのり、アユーやアンは気だるそうに、でもクールに踊っていく。まるでそこで踊ること自体がひとつの救いであるかのように。『深海』とは女性の深い海のような愛情を表しているとも監督は語っている。深度によって全く変わる海の青さ、“チャチャ”の揺れのように彼女たちの心は先の見えない中の安定を求めて漂い続けている。アユーにとってそれは男の愛であり、アンにとっては儲からない商売であるクラブ仕事から抜け出すために買い続ける宝くじ、一攫千金である。

監督はこの作品が日本で初めての劇場公開作となるチェン・ウェンタン。主演のアユーを演じるのは歌手として活躍してきたターシー・スー、アユーが一緒に暮らす男性を演じるのはミュージシャン、俳優など幅広く活躍し、中華圏はもちろん、日本でも大きな人気を誇る、リー・ウェイ。アンを演じるのは台湾映画界をリードするツァイ・ミンリャン監督の作品の常連であるルー・イーチン。

ターシー・スーの憂いが立ち上がってくるような表情など役者陣の演技も素晴らしいが、タイトルのようにブルーな色合いで“チャチャ”のリズムのように揺れているかのような映像がその演技、物語に見事にマッチしている。そして、ひたすらに愛情を求め、行き過ぎゆえに裏切られるアユーの物語はどん底ではなく、最後にアユーとアンの引き裂くことのできぬ友情へと連なっていく。深海の中から抜け出たような、こうしてでも生きていくしかないというこのシーンがそれまでの痛みを和らげながらも、それでも背負っていく痛みを示唆しており、心をぐっと引き付ける。愛情と友情という女性心理を描いた、台湾映画の奥深さ、チェン・ウェンタン監督の才能を感じさせる作品だ。

キャスト・スタッフ

出演:
ターシー・スー/リー・ウェイ/ルー・イーチン/レオン・ダイ
監督:
チェン・ウェンタン
脚本:
チェン・ウェンタン/チェン・チンフォン
音楽:
シンシン・リー
撮影:
リン・チェンイン
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