春が来れば

イントロダクション&ストーリー

市民講座でクラシック音楽を教えるイ・ヒョヌ。彼がどんなに熱意を持って音楽の素晴らしさを教えようとしてもおばさんを中心とした生徒は携帯電話を優先してしまう。そんな状況にヒョヌは我慢がならない。でも、ヒョヌにはそれしか仕事がなかった。才能のあるトランペット奏者であるヒョヌはオーケストラを目指しているが、その夢はかなわず、音楽教室で成功を手にしている親友のギョンスに酔い、グチを言ってしまう。しかも、この時、ギョンスはヒョヌのかっての恋人ヨニに新しい恋人が出来たらしいと告げる。酒はさらに深くなっていく。結局、何度目かの挑戦になるオーケストラの面接も落ちたヒョヌは求人広告で見つけた田舎の中学校の吹奏楽部の臨時講師になることを決意する。そこで彼は再び、自分の生き方を見出していく。

コラム・見どころ

韓国を代表する名優チェ・ミンシク演じる夢破れたミュージシャンが田舎の中学校の吹奏楽部の臨時講師となり、再び人生を取り戻していく様子を情感豊かに描いたヒューマン・ドラマ。

作品の主人公であるイ・ヒョンヌはこういう物語にありがちな不器用な人物である。この作品の時代背景となる韓国が不況の最中にあったのは冒頭の親友であるギョンスとの会話からうかがえるのだが、たとえ、好況の真っ只中にあってもヒョンヌという人物は自分の想いゆえにダメだったろうなと感じさせる部分がある。頑なで真面目なのだ。だからこそ、上手くいっていないという気持ちが空回りしてくる。ヒョヌと久しぶりに再会し、デートをしていたところ、速度判定機(日本でいうオービス)に写真を撮られ、それを壊そうと外に飛び出て、石を投げ続けたり、せっかくのオーケストラの面接にきちんとした格好でなく、普段着で現れたり、親友のギョンスがキャバレーで彼の作曲した大切な曲を吹いていることに腹を立て、喧嘩になったりといったシーンにそういった部分が現れている。当然、そんなことで状況が改善するはずがないことは本人が分かりきっている。でも、うまくやることが出来ないのだ。

結局はヒョヌは逃げるようにソウルを抜け出すことになる。そこで自らの再起をかけようという気持ちなどは微塵もない、ある意味では“敗残者”だ。でも、その彼を慕う者がいることで彼の人生は徐々に大き変わっていく。それは彼が音楽への情熱は忘れていなかったということでもある。過去の栄光は多少あるけれども、今はどうしようもない吹奏楽部に彼は音楽をやる楽しみ、素晴らしさを伝えていく。ダイレクトに返ってくる反応は市民講座では得られなかったものであり、その生徒たちとの交流も通して彼は夜な夜な譜面を書いたりsながら、活力を取り戻していく。

田舎に行ったからといって彼の苦難はなくなるわけではない。でも、授業前のクラスで吹奏楽部の部員を募集する生徒たちの心の中に秘められたやる気、そこに暮らす人々の優しさに触れていくことで彼の頑なな心は徐々にほぐれていく。その中でも重要な要素となるのはおばあちゃんと貧しい暮らしをする吹奏楽部の生徒のひとり、彼が年甲斐もなく想いを寄せていく若い女性、そして母親である。生徒とは「キムチがないと寂しい」という素ラーメンを食し(そこまで貧乏なのだ)、若い女性とはいい雰囲気になっていくのだが、彼女の元彼から因縁をつけられたりもする。歳いった母親は息子を常に心配し続けて、ソウルからこの片田舎へ食事を持ってきたりする。様々な交わりが彼に自分の立場を考えさせ、歳甲斐もなく、大人へと成長させていく。

ケニーGになりたいとサックスを手にする生徒がいたり、食っていくためには子供に吹奏楽、楽器なんぞやらすことは出来ないという親がいたり(そこを説得するシーンは本当に美しい)、“クレッシェンド”の表現を男の象徴で説明したりと、この作品には様々なドラマとユーモアが込められている。チェ・ミンシクをはじめとする役者陣の演技、この作品が劇場監督デビュー作とは思えないリュ・ジャンハ監督の過剰ではない、落ちつた演出の上手さがそうしたドラマに深い味わいをもたらしてくれる。エンディングはもちろん、彼自身の人生、かっての恋人ヨニとの繋がりの再生へと向かっていく。その描き方も自然で美しい。

リュ・ジャンハ監督は脚本を書いている段階から主演にチェ・ミンシクをイメージしていたという。チェ・ミンシクも脚本を読み、すぐに出演を快諾したというが、その際に「なぜ、私にこの役をやらせたいのか」と訊ね、リュ・ジャンハ監督は「あなたが歳をとっていく姿がとても美しいと思うからです。」と答えたという。この作品にあるのは周囲と交わることにより、歳を重ねることにより表れてくる人間の素晴らしさだと思う。スピーディーさが売りの韓流作品とは一味もふた味も違う、往年の日本映画の雰囲気も感じさせるような、自然な流れが生み出す、可笑しくも感動的なヒューマン・ドラマの秀作である。

キャスト・スタッフ

出演:
チェ・ミンシク『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』/キム・ホジョン『ほえる犬は噛まない』『バタフライ』
監督:
リュ・ジャンハ
撮影:
イ・モゲ『箪笥〈たんす〉』
音楽:
チョ・ソンウ『四月の雪』
美術:
イ・グナ『彼女を信じないでください』『マラソン』

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