パープル・バタフライ

イントロダクション&ストーリー

物語は1928年の満州から始まる。ここにひとりの日本人の男とひとりの中国人の少女がいた。日本がいつ中国に攻め入ってもおかしくなく、それに対する抵抗運動も高まる中、男は日本に引き戻され、女の日本への抵抗運動に身を捧げていた兄は殺される。舞台は移り、1930年代の上海。男と女はここで運命的な再会をする。しかし、お互いの心を通わせつつも二人は決定的に違う生き方をしていた、というのが作品の大筋である。

コラム・見どころ

中国映画界という枠を超え、世界で活躍する女優 チャン・ツィイーと、日本という枠を超え、亜細亜へと活動の場を広げている男優仲村トオルが共演した話題作。

実は兄を失ったことから女は抵抗運動に身を投じ、男は日本軍のスパイとして活動していたこと、偶然のあまりにも悲劇的な出来事に巻き込まれたある男がその両者から睨まれる存在になっていくこと、大筋の中にはこうした要素が点在している。いくつかの言葉を用いれば、時代に翻弄された人物たちの物語であり、愛を巡る物語であり、サスペンス的な要素を持った物語であり、フィクションだが歴史上あったかもしれない出来事の物語だ。

物語自体は言葉に整理をすれば、ものすごく分かりやすい。でも、この作品はそうした物語がストレートに見えてこない組み立て方、構造を持っている。複雑なのではない。銃撃戦のアクション・シーンなどもあるが、その大半が登場人物たちの自分を押し殺したような少ない台詞で進んでいくため、全体の像が見えてこないのだ。そんなものつまらないと感じるかもしれない。でも、そういった部分を補う素晴らしさを持っているのが、カメラワークと美術だ。

長まわしのクローズアップ中心に、登場人物の心境を捉えるかのように揺れる映像(手持ちカメラで撮られたものだ)。派手な照明は使用せず、最低限の光で撮られたその美しさ、雄弁さには間違いなく取り込まれてしまう方が多いはずだ。そして当時の町並みを再現したセットの素晴らしさ、蓄音機でかけられる上海ジャズのSP盤など時代考証も本当にしっかりとしている。日本が中国を侵略しようとする前夜の雰囲気、そこで揺れる個人の心像が確実にこちらに伝わってくるのだ。

監督はロウ・イエ。中国初のホラー映画とされる『危情少女嵐嵐』、ロッテルダム映画祭でグランプリを受賞した『ふたりの人魚』で高い評価を受けている監督だ。撮影は『ふたりの人魚』、『たまゆらの女(ひと)』のワン・ユーが担当(カメラワークは『たまゆらの女(ひと)』を思わせる部分があるので、あの作品が好きなら観て損はないだろう)。出演はチャン・ツィイー、仲村トオルに加え、リィウ・イェ(『山の郵便配達』)、リー・ビンビン(『ただいま』)、中国ではスターであるフェン・ヤンチェンなど。役者陣は皆、本当に素晴らしいのだが、中でも飛びぬけているのがチャン・ツィイーだ。化粧すらしない姿から男の間に挟まれ思い悩む姿、愛に生きる姿まで状況で変化していく彼女の演技、存在は本当に素晴らしい。彼女にとっても最高の演技ではないだろうか。

カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にも正式出品され、ヨーロッパでも高い評価を受けているこの作品だが、なぜか日本での公開は見送られ続けていた。その理由は観客を呼べないと踏まれたからだろう(それともう1点、このためかなという部分もあるのだが)。確かに物語自体は分かりづらく、正直物足りなさも残るのだが、映像表現と戦争突入前の空気を切り取ったかのようなムード、それを演じる役者たちには、その物足りなさを超えた魅力を感じてしまう。ロウ・イエ監督は「歴史を再現したいのではなく、ストーリーそのものを語りたいのです。」、「この物語はどの時代のどの国で起きてもおかしくない。私たちはそのことを自覚するしかないのです。」と語っている。ラブ・サスペンスという売りではあるが、確かに揺れ始めている時代にこの作品を観ることは歴史をもう一度自分の中に取り込むことなのかもしれない。ふと、外側を見回してみれば、世界に翻弄される人々がいて、翻弄されるかもしれない自分たちもいるのだ。最後の映像は日本人なら今の状況と照らし合わせ、必然的に考えざる得ないだろう(これがこのためかなと感じた理由だ)。

説明が少ない分、作品に入っていけないかもしれないが、登場人物の心境を説明するような映像表現、美しさに魅了され続ける作品だ。そして、チャン・ツィイーがとにかく素晴らしい作品でもある。この映画はぜひとも劇場のスクリーンで味わって欲しい。ちなみにタイトルの『パープル・バタフライ』はチャン・ツィイーが所属している抵抗組織の名称である。

キャスト・スタッフ

出演:
チャン・ツィイー/リィウ・イエ/フオン・ユアンチョン/仲村トオル/リー・ビンビン
監督・脚本:
ロウ・イエ
  • コメント

一覧へ戻る